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Ⅰ.初めに
脳卒中を代表とする中枢神経疾患に対する理学療法は,ファシリテーションテクニックという手法に集約され,今日では中心的治療手技としで一般化している.しかるに,いわゆるこれら技巧的なテクニックを駆使しなくても患者が回復する過程を何度か経験すると,患者の機能回復が一方においては基本的な障害資質に依存し,他方においては患者を取り巻く外環境から多面的に受ける影響の中で進むことに気が付くのである.これは,理学療法の対象を疾病あるいは麻痺としてではなく,一箇の人間として,主体性のある行動者として捉えることから出てくる見方である.患者を人間としてみるべきといった倫理的,道徳的な話をしているのではない.中枢神経障害の回復自体を一個人が社会へ再適応する過程として捉え,その過程に理学療法という働きかけを位置付ける視点なのである.こうみるとファシリテーションテクニックはその外環境の一部にすぎないことがわかる.しかしながらその全体の包括的な理論的枠組みがみえるかというと,残念ながら我が国においてはその萌芽がやっと出始めた段階と言える.身近にこの包括的理論化への先鞭はある.中村はリハビリテーションの過程を階層的秩序と進化の法則から説明し,一般システム理論からのアプローチを早期から提案していた1).また,Kihrhofnerは,作業療法理論の歴史的考察を行ない,システム理論に基づいた人間作業モデルを提案したが,これが我が国に積極的に紹介されているのである2).おそらく我が国の中枢神経障害分野における理学療法もその対象を人間行動へ向けることはまちがいないであろう.同様の理論構築は不可欠のものと考えられる.
筆者は,1991年に渡米する機会があり,ミネソタ大学,イリノイ大学,ノースウェスタン大学と幾つかのクリニックを視察した.そのとき1990年に開催されたThe Ⅱ STEP(Special Therapeutic Exercise Project)Conferenceが何度となく話題となった.これが,米国の中枢神経障害に対する理学療法理論の方向性を示したものであることを知らされたのである.経緯を簡単に説明すると,まずファシリテーションテクニックに代表される治療手技は,実は1966年のNUSTEP(Northwestern University Special Therapeutic Exercise Project)Conferenceにおいて集大成されたものである.翌年An Exploratory and Analytical Survey of Therapeutic Exercise,Proceeding of the Northwestern University Special Therapeutic Exercise Project(Am J Phys Med3))が発刊され,それがバイブルとして30年間の理学療法教育の基礎となった.なお,奇しくもこの年が日本の理学療法の誕生の年であったことは歴史的に意味深いものを感じる.しかしながら,米国ではそれを基礎としながらも,この30年間に着実に人間理解のための科学的発展と自己変革とを推し進め,その結果として,The Ⅱ STEP(Special Therapeutic Exercise Project)Conferenceを成功させたのである.その内容は,次の3冊の著書に集約されている.
①Contemporary Management of Motor Control Problems,Proceedings of the Ⅱ STEP Conference4),②Movement Science,An American Monograph5),③Motor Control and Physical Therapy,Theoretical Framework Practical APPlication6).
本稿では,この三著に共通する視点を自分なりの解釈を含んで紹介し,米国における自己変革に基づく“理学療法の理論的枠組みの方向性”を示せればと思う.
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