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はじめに
脳血管障害や脊髄小脳変性症などでみられる小脳の障害では,低緊張・失調性・企図振戦を主とする症状を呈し,体幹部の動揺や失調性歩行のような運動障害が確認される.小脳性疾患は,一般的に四肢の随意運動は比較的良好に保持されているが,運動開始の遅延や運動範囲,運動出力,運動の測定エラーをはじめ筋緊張低下に起因した姿勢制御やバランスの障害が確認されることが多い.
ヒトが2本足で立ち,巧みにバランスを維持しながら手を自由に使用し,高度なコミュニケーション能力を発揮できるのは,常にその活動を補償する適切な姿勢制御機構が働くためである.二足直立位で支持面となる足底には,効率よくバランスを営むために支持基底面からの感覚情報の変化を受け入れる能力が必要である.足底や下肢から入力される皮膚・固有感覚情報は背側脊髄小脳路を介して小脳に上行し,前庭系システムの調整を通して適切な立位姿勢制御に役立っている.このように,立位では重力に対する姿勢の偏位(displacement)に対する姿勢調整能力(ダイナミック・バランス)が無意識下で行われている.
先にも述べたが,小脳に障害を受けた場合,一般的には筋緊張の低下がみられ,運動の開始に多くの時間を要する.さらには運動の調節がうまくいかず,重力に対する自律的な姿勢維持に異常を来し,立位保持さえも難しくなることがある.本来,良好な姿勢制御のためには,空間の身体位置を認知し身体の感覚受容器からの情報を組織化しなければならない.これらの姿勢制御に寄与する感覚には,視覚入力・体性感覚入力・前庭入力が重要でこれらの末梢入力が,重力および環境との相互作用で身体位置と運動を検知するために働いている.前庭および脊髄小脳神経回路に障害をもった場合,姿勢制御機構へ貢献する感覚システムが良好に作用せず,運動制御としてのバランスシステムに大きな影響を及ぼしていると考えられる.本稿では,脳卒中や脊髄小脳変性症などの変性性病変をもつことよって,前庭脊髄システムや脊髄小脳システムの機能が低下した対象者への理学療法について,脳のシステム理解を踏まえ述べてみたい.
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