ひろば
東日本大震災災害支援報告
岡本 賢太郎
1
Kentaro Okamoto
1
1横須賀市立うわまち病院
pp.807-808
発行日 2011年9月15日
Published Date 2011/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1551102071
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- 文献概要
・はじめに
2011年3月11日の東日本大震災により,当院の関連病院である女川町立病院も津波の影響を受けた.医師,看護師その他のコメディカルが第一陣としてヘリコプターや大型バスを貸し切って被災地医療支援に向かった.われわれリハビリテーション(以下,リハビリ)スタッフに声がかかったのは,震災から約2週間経過した後であった.現地スタッフも被災して,現地スタッフを休ませることと,非難所で感染症や深部静脈血栓症が多発していることから,運動促進が要請の理由であった.3月28日早朝に大型バスに支援物資を山ほど積み,われわれも水,食料,寝袋,長靴,ヘルメット,手袋,マスク,血圧計,聴診器,SPO2モニター,評価・治療用具など持参で理学療法士3名が現地に向かった.石巻市に入ると景色が変わった.津波が残した残骸が高く積まれ,船は陸に打ち上げられていた.さらにその先にある女川では,津波に町ごと流されたと表現できるほどの想像を絶する光景が広がっていた.ビルはひっくり返り,崩れるような建物はほとんど残っていなかった.16mの高台にあった関連病院も1階天井付近まで水に浸水したことから,20mの津波が打ち寄せたことが分かった.また余震も頻発し毎日震度3,4程度の揺れが4,5回程「ゴーゴーゴー」といった地鳴りの後に来た.見るのと聞くのとで,大きな開きがそこには存在していた.
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