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はじめに
1987年に理学療法士となった筆者は,新規開院する脳神経外科を中心とした105床の民間病院にリハビリテーション部門の開設者として新卒で就職し(一人職場),今日までの21年間,脳卒中,高齢患者を主な対象に理学療法を行ってきた.母校である金沢大学医療技術短期大学での講義において,「神経症候学」1),ブルンストロームによる「片麻痺の運動療法」2)を基に脳卒中の病態と障害および理学療法の因果について説かれた奈良 勲先生(現・神戸学院大学)の教えが,脳卒中の理学療法に対する筆者の思想の原点の1つとなっている.その後,筆者は1995年に脳の病態・可塑性に関する臨床研究を発表した3).2000年には,頭部が動いている状態でも脳活動を捉えうる近赤外分光法を用いたスペクトロスコピー(near-infrared spectroscopy:以下,NIRS)によって,脳卒中後片麻痺患者のリハビリテーションで用いる様々な手技が脳内血液循環動態に与える影響について世界で最初に報告し4,5),さらに研究を発展させる機会を今日得ている6,7).このようにニューロリハビリテーションの観点は,筆者の今日までの臨床活動において中核をなしている.
広井8)は,医療は長い間,まったくの推量と,最も粗野な経験主義によって行われており,今までの医療行為は,科学的基盤も弱く,「標準化」や「客観的評価」にはなじまない,個々の医師の属人的な技能・技芸によるものとみなされ,あたかも伝統工芸品のごとくであると述べている.そして,これからは少しでも客観的・科学的な基盤に立脚するものとして,それを通じて患者の利益を図っていかなければならず,近代的工業製品化しなければならないと提言している8).これは,リハビリテーション,理学療法においても同様であり,宮井9)は,従来のリハビリテーションは,経験則を神経生理学的知見に当てはめるのみで,臨床と基礎医学に距離があったが,近年は神経科学的な知見からリハビリテーションの方法論を考えるという逆の潮流が現実になりつつあると述べている.すなわち,機能的再編成に代表される脳の仕組みに着目して,人の機能回復を促進しようとする考え方・立場であり,従来のリハビリテーションに神経という意味の「ニューロ」をつけて「ニューロリハビリテーション(神経リハビリテーション)」と呼ばれている.これらは神経可塑性の原理に基づいており,今後10年の間に理学療法士は今までのように単に経験のみに頼った治療から,脳の可塑性の原理に裏付けられた新しい治療体系への発展が求められる10).
本稿では,脳卒中の歩行障害に対する治療的アプローチについて,ニューロリハビリテーションに至るまでの流れを概観し,筆者らが取り組んでいるニューロリハビリテーションを基盤とした新しい歩行リハビリテーション技術の成果と現状について概説する.
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