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多包性エキノコックス症(以下,単にエキノコックス症と略す)の流行域は世界的に急速に拡大しつつある.そのために,WHOでは本症を新興・再興感染症(emerging/re-emerging infec-tious diseases)の1つとして,今後の動向に注意を払っている.このことは,国内においても例外ではない.歴史的にみると,昭和12年に礼文島出身者の女性が本症に罹患していたことが報告された.その後の調査で,礼文島が本症流行域と認められ,徹底した感染源対策がとられた.その結果,昭和40年代になってようやく患者の発生はみられなくなった.しかし,昭和40年に礼文島とは遠く離れた根室で,突如として患者が見いだされた.その後,またたく間に北海道のほぼ全域が流行域となり,現在に至っている1).道内に流行域が急速に拡大した主な理由として,本寄生虫の終宿主であるキタキツネの移動が挙げられる.キツネが移動した要因としては森林伐採,牧草地の拡大などの自然環境の改変,移動を促進させた条件としては道路,鉄道などの交通施設の拡充などが考えられる2).
本題に入る前にエキノコックスについて簡単に説明を加えると,キツネやイヌなどの小腸に成虫が寄生し,その虫卵は糞便とともに外界に散布され,中間宿主への感染源となる(図1).野ネズミが中間宿主の役割を担っているが,ヒトも虫卵を経口摂取すれば感染し,主に肝臓に多包虫と呼ばれる幼虫が寄生することになる.本来は,人間生活とは無縁の自然界においてキツネと野ネズミの間で維持されてきた寄生虫であるが,たまたま人間がその生活環に巻き込まれて感染,発症する病気と考えてよい.ちなみに,平成6年度の調査によれば,キタキツネの感染率は約25%であり,それ以前と比較し急増していることが報告されている.土井(1995)は,礼文島での患者発生の推移を基にして試算したところ,北海道全域で今後15~20年のうちに約1,000人のエキノコックス症患者が発生すると警告している3).
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