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私が大学を卒業した1977年の時点でも,一般の病院外来で寄生虫疾患は多くはなかった.私の専門である日本住血吸虫の国内感染が最後に報告されたのが1977年で,自分の医学生時代はまだ流行が残っていたが,それでも何となしに“昔の病気”という思いはあった.今の日本国内で,寄生虫病がどれくらいあるのか誰も知らない.日本臨床寄生虫学会という同好の集まりがあり,年次大会では40例程の症例報告がなされているが,当然ながらその数十倍は発生が実際には起こっているのだろう.寄生虫疾患の大半は感染症法で捕捉されず,定点観測の対象疾患でもないので,実態は闇である.
私が岡山大学に勤務していた頃のことである.たまたま肝蛭症の例に接する機会があった.肝蛭という寄生虫は巨大な吸虫で,体長が3cmに及ぶ.分類が似ている巨大肝蛭になると6cmの大きさである.それが肝臓実質を食い散らかして肝臓をボロボロにしてしまう,意外と凶暴な虫である.吸虫であるから,中間宿主は淡水産の巻き貝で,ヒメモノアラガイという小さな巻貝が肝蛭の中間宿主である.肝蛭は本来,ウシの寄生虫であり,貝から泳ぎだしたセルカリアが水辺の草の茎に付着してメタセルカリアとなり,それをウシが草と一緒に食べて感染する.したがって,肝蛭症は畜産地域にみられる寄生虫で,さらに中間宿主貝からセルカリアが泳ぎだすのは低温刺激であるので,冷涼な山間地域で発生することが多い.但馬牛,飛騨牛,米沢牛などからわかるように,畜産業は山間部で盛んである.この寄生虫は肝臓を食い破るので,超音波検査をやると肝細胞癌の所見に似るのである.しかし,肝蛭症ならば手術は適応にならないし,駆虫剤の服用で回復する.癌を宣告される患者にも気の毒であり,要は鑑別診断に肝蛭を考えるかどうかということになる.岡山大学は伝統的に寄生虫学の教育に熱心な医大であったので,肝機能異常がある方の肝蛭症の診断がついたことは幸いであった.
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