扉
子猫の捜索ねがい
pp.5
発行日 1955年3月15日
Published Date 1955/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909762
- 有料閲覧
- 文献概要
新年の或る朝,自宅の郵便受けをのぞいてみたら,何やら赤色で縁取りしてある一枚の紙片がはいつている。隣りのにも,上のにも,其処に並んでいる各家の郵便受けに入つていた。何かの広告だろうと思つてそのままにして出かけてしまつた。夕方帰宅して再びのぞいてみると,まだあるが,近所隣りの家のは全部なくなつている。そこで私もついにそれを取出して手にし,階段をのぼつていき乍ら眼を落すと,「猫の行方についてお願い」というみだしで何かがり版刷りになつている。そのまゝ家にもち帰り,衣服を着換え,火鉢の前に座つて,さておもむろにこの紙片をとり出してみたら,それは,同じこの界わいに佳む人の家で,可愛がつて飼つていた子猫が行方不迷になつたので,其の猫想をかき,皆に心当りを依頼したものであつた。そして,其のお願いの文章の終りに,「たち別れいなばの山の峰におう,まつとしきかば,いま帰りこん」と,百人一首の一つが書かれてあつた。よみ終つて私は,思わずほゝえんで,何度も何度もくり返しよんでみた。去年生れの小さな三毛猫が,首に赤いリボンで二つの鈴をつけ,くりくりした眼をさせ乍ら鈴を鳴らしてぢやれ廻つている姿が想像されて来た。
Copyright © 1955, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.