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はじめに
再生医療とは,通常の修復機構では対応できない大きな損傷を受けた臓器や組織を再生する医療である.そのソースとして“幹細胞”という存在が注目を浴びている.幹細胞は大別して,特定の臓器・組織に存在し自身に必要な細胞を生涯を通じて絶えず供給する役割を担っている体性(組織)幹細胞と,着床前初期胚から樹立され試験管内(in vitro)の培養条件如何で生体のあらゆる組織に分化が可能な胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)に分けられる.それらの特徴を最大限に発揮させて,傷部の細胞を供給し再生・修復するといった細胞療法としての再生医療が期待されている.例えば白血病に対する造血幹細胞移植は最も成功を収めてきた体性幹細胞治療であるといえるが,ドナー不足が今なお問題となっている.一方で1998年にヒトの受精卵よりES細胞が樹立されたことで1),胚性幹細胞を用いた再生医療が現実的な可能性として認識されるようになってきた.ES細胞の大きな利点はin vitroで半永久的に増殖可能であり,体性幹細胞で問題となる増殖制限がなく,ドナー不足の問題を解消できる点にある.
しかし,ES細胞由来の細胞を移植治療のソースとして用いる場合にはいくつかの問題点がある.第一に現在移植治療で問題となっているように,レシピエントとドナーのヒト白血球型抗原(human leukocyte antigen;HLA)が異なれば免疫学的拒絶を受けてしまうため,核移植などの技術を用いて,レシピエントと同じHLAを持ったES細胞を樹立しなければならないという点である.第二には,ES細胞の持つ高い増殖能と多分化能のために,三胚葉系(外胚葉:神経細胞など,中胚葉:心筋・血液細胞など,内胚葉:肝細胞・膵細胞など)の細胞成分が無秩序に混在した腫瘍であるテラトーマ(奇形腫)を形成する能力を持ち合わせている点である.この為,移植細胞にES細胞が残存していると将来的に腫瘍化する可能性が懸念される2).
一方,血小板は生体内のホメオスタシスを保つ為に必須の無核の機能細胞である.各種悪性腫瘍に対する抗がん剤治療,骨髄移植後の致命的な血小板減少,先天性血小板減少症の大量出血時に対しては,血小板輸血が現段階の唯一の対症療法であるが,これらは現在すべて献血に依存している3,4).しかも,血小板は赤血球などほかの血液細胞と比較すると寿命が最大約7日,献血後の濃厚血小板の使用期間は4日間と短く,冷蔵保存も不可能である為,相対的な血小板製剤不足が度々経験される5).血小板の大きな利点は無核の細胞であるため,遺伝情報が永久に保存されることがなく,さらに残存する有核細胞を取り除く為に輸血前に放射線照射を行うことも可能6)であり,ES細胞を移植医療へ応用する際の問題点である腫瘍化の可能性を考慮する必要がないということである.また,抗血小板抗体を保持している特殊な患者以外では,HLAの一致を考えずに輸血が可能である.以上の利点,臨床的な需要の高まりを考慮するとES細胞から分化誘導した血小板は,現段階においてES細胞由来の細胞療法として実現度が高いと思われる.マウスES細胞からは既に筆者らのグループを含め数グループから血小板の前駆細胞である巨核球および,その最終分化形態である血小板へ誘導する系が確立されてきた7~10).さらに最近われわれは京都大学で樹立された3株のヒトES細胞株(KhES-1,2,3)を用いて,機能を有する血小板の誘導に世界で初めて成功した11).
このシステムでは試験管内で未分化なES細胞から中胚葉系の細胞へ分化を経て,血球前駆細胞,巨核球,さらにその終末分化細胞である血小板へと分化する一連の発生過程を観察することが可能である.また,核を持たない血小板レベルでの遺伝子操作は不可能であるが,ヒトES細胞を用いれば試験管内で遺伝子改変血小板を分化誘導し,比較的簡便に機能解析が行えるという実験モデルとしての将来的な発展性も期待できる.
本稿では,ヒトES細胞からの血小板産生法と,最近樹立されたヒト誘導型多能性幹細胞(induced pluripotent stem Cell:iPS細胞)を用いた医療への応用の可能性について概説する.
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