精神科医療 総合病院の窓から・7
「都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト」の記
広田 伊蘇夫
1
Isoo HIROTA
1
1同愛記念病院神経科
pp.896-897
発行日 1991年10月1日
Published Date 1991/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541903711
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ある幻覚体験
今回のタイトルは渋沢龍彦氏のエッセイ集の題名を借りている.氏が多彩な幻想的著作活動の果てに,頸動脈瘤破裂に襲われ,一瞬のうちに夭折されたことは御存知の方も多いかと思う.死の1年前,氏は下咽頭腫瘍の手術を受け,この時の術後の奇妙な幻覚体験がエッセイ集の1章に記されている.経過をかいつまんで紹介してみよう.
——術後2日間ほど,うつらうつらと夢と現実の狭間をただよいつづける.3日目にいたり,鎮痛剤ソセゴンの点滴注射を受ける.その数時間後から生々しい幻覚に襲われる.まず天井いちめんに地図が現れる.天井の蛍光灯の枠にはカンデンスキーと書かれた鮮やかな桃色の文字がみえるようになる.そのうち,天井の換気孔やスプリンクラーが少しずつ動き出す.これらの装置が舞楽の蘭陸王そっくりの恐ろしい顔となり,首をぐっと伸ばしにらみつける.また,この装置が自宅にある刺身の大皿と化し,天井にぴったり貼りつき,動かなくなったりもする.幻覚とはいえ,現実感と存在感にあふれ,目の底に焼きつく.そうかとみると,巨大なクモ,カニのような生き物が天井を這いまわり始める.ところが目を閉じると,瞼の裏にも不快極まるイメージが現れる.インドあたりの寺院のレリーフでみる半裸の男女のからみ合い,香港あたりの狸雑な市場,不恰好な動物の一群,どてらを着たヤクザのような男達などが次から次へと現れては消え,目を閉じることすらも不快となる.
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