連載 変化する病気のすがたを読む・3
病気のすがたの成立基盤
倉科 周介
1
Shiusuke KURASHINA
1
1東京都臨床医学総合研究所診療方法論研究室
pp.955-959
発行日 1986年11月1日
Published Date 1986/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541208945
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1.人口構造の意味するもの
人間がいなければ病気は起こらない.死亡という現象もあり得ない.ドイツ観念論の総元締めのエマヌエル・カントに"完全なる平和は墓場にあり"という言葉がある.古来,名言とされているが,なんのことはない,言葉の定義を操作しただけの話である.紛争のない状態を平和だと定義してしまえば,紛争のもとになる人間という存在さえなければ平和が実現できるというわけである.
同じ理屈で"完全なる健康は墓場にあり"ということもできる.完全に病気のない状態が実現しないのは,病気なんてものにかかる人間という存在があるからだということになる.逆恨みというか,本末転倒というか,こういう話になるから完全主義者の理論倒れは恐ろしい.部屋の中に性こりもなく出没するダニやゴキブリに腹を立てて,殺虫剤をしこたまバラまいたら人間のほうが中毒になったというのは笑い話で済むが,組織や大衆行動のレベルにこうした短絡的な意志決定が紛れ込むとえらいことになる.医療の世界でもその種の事例には事欠かない.嘘だと思ったら頭を冷やして自分の周囲を見回してごらん.実例を挙げてお目にかけるのは簡単だが,それでは勉強にならないからやめておく.
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