- 有料閲覧
- 文献概要
スピリチュアルペインへの対応が問われる時代
32年前,筆者が高校1年生だったある日,親友が胃癌であるおじいちゃんを,久しぶりに一人で見舞いに行った話しを泣きながらしてくれた.彼女が病室でみたおじいちゃんは,ベッドの上でもがき苦しみ,初孫である彼女の姿をみて,泣いて叫んで頼んだという.「包丁を持ってきて,おじいちゃんを突き刺してくれ.お前しか頼む人がいないんだよ」と.元気だった頃のおじいちゃんは,優しくて,包容力があって素敵な方だったらしい.しかしその日,彼女は「おじいちゃんは別人のようにみえた.怖かった」と語った.彼女はおじいちゃんのそばにいることが辛くて恐ろしくて,走って帰ったというのである.これが筆者が一番最初に知った末期癌患者の姿であり,あまりにも悲惨なものとして心に残った.
ところがあれから32年たって,緩和医療はめざましい進歩を遂げている.21年前からホスピスという世界で仕事をしているが,痛みと症状のコントロールに関して,まだまだ課題は多くとも,近年はベッド上でのたうち回る患者の姿は,ほとんどみたことがない.患者はコントロールのおかげで,ベッド上で新聞を読もうという気持ちになれ,絵を描いている人や面会者と楽しくおしゃべりをしている人もみかける.つまり,末期状態になっても,自分らしく生活できる時間を緩和医療は提供してくれているのだ.
しかしその反面,緩やかな静かな時間が持てるようになったということは,体がのたうち回っていた時はみつめることのできなかった内面の世界を患者はみざるをえなくなり,迫り来る自分の死や複雑な心の葛藤と向き合って,残りの日々を送らなければならなくなったということでもある.つまり緩和医療の貢献により,痛みと症状のコントロールが末期癌患者に提供しているものは,自分らしく過ごせる時間であるとともに,自分の心と向き合って生きる時間であるといえる.
それゆえに,癌患者は生命の危機を感じる中で,心の底からの叫びを発しており,その叫びと関わってくれる医療者を今,求めている.患者の叫びや複雑な心の葛藤につき合っていく必要が,医療者に求められるようになってきたのである.
Copyright © 2005, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.