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序
臨床実習は,理学療法の教育のたいせつな部分である.おそらくそれは,もっとも重要な部分であろう.なぜなら,学生は,それまでの半無菌培地における本と教室からの学習をはなれ,はじめて,困難と戦う患者たちの‘生きた’状況に接することになるからだ.このとき学生は,眼にうつるすべてのものを吸収し模倣する準備を整えている.
理学療法は本や書類相手の仕事(paper work)ではない.それは,患者を相手の仕事(patient work)である.理学療法は,暗記的知識の技術(memory skill)ではない.ひとりひとりの患者のニードに合わせて,帰納的推論によりながら治療のプログラムを作っていく身体的技術(physical skill)である.理学療法士が行なう患者の検査は,純粋に身体的(physical)である.しかし,よく訓練された理学療法士は,視覚と聴覚とその他の知覚をとおして,その場で,患者の状態を理解する.これは,患者なくして学べることではない.
理学療法士が行なう治療は,身体的治療(physical treatment)である.それゆえ,もし効果のある仕事をしたいと望むなら,理学療法士は,十分な器用さをもち,患者から信頼される人格と暖かさとを備えていなければならない.これもまた患者との直接の接触なしには十分学ぶことのできないものである.
理学療法士が完全な専門職としての地位を与えられるのは,まさにこの,身体に関する知覚と,身体の治療の達人としての能力によってである.なぜなら,専門職としての地位は,権利として許されるのではなく,ひとりひとりの努力によって獲得されるものだからである.つまり,理学療法士は,自分の力で,他の医療関係者からの尊敬をかちとらなければならないのである.
臨床実習が重要な学習経験であると強調するわけが,これでおわかりいただけたと思う.いうまでもないことだが,それは,あくまでも学習経験でなければならない.勤務になってしまうこと,たとえば,学生が職員の助手として使われるというような事態は,けっしてあってはならないのである.
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