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はじめに
人間は一人では生きて行けない.
今日の情報化社会の中で生活していると<自分中心になり自己主張はうまくできて強いようにみえるが一人になると仕事も,あそびも,うまくできない><なにかの組織を借りたり,権威を借りて,その集団の中でないと自分を生かしきれない.そして一人になって自分を振り返えってみた時,孤独と不安におそわれる>このような社会生活の中では<隣りに住む人の顔も名前も知らない.何をしている人かわからないから,おそれたり,疎外してしまっても平気になってしまって何も感じない>それが,当り前になってしまっている.
昨年(昭和58年)の日本芸術療法学会主催による第6回芸術療法セミナーでは「現代の社会病理と芸術療法」のテーマのもとに不安・孤独,攻撃性について治療場面を通して問題をとりあげた講演がなされた.このセミナーの中で<孤独は山にいるよりも町の中にある><人間社会の中で生活して行くことがいかにむづかしいか><悩みを悩むことによって生きる道が開けて行く>精神障害者は<悩みを悩めない,悩みが分らないで,閉じこもってしまう>と言われる.このように社会側にも障害者側にも問題はたくさんあることが指摘されていた.
では,どのような性格の人間がうまく生きて行ける人間なのか,社会生活の中で<調和のとれる人間><自己開放のできる人間>であるといわれる.そして,人間はどんなに落ち込んでも<人間を求めるのが人間である>とも言われる.人間を求められる人間,悩みを悩める人間として自己を調和し開放して社会の中で生活して行ける技術を身につけるということであろうか.
治療の一分野として用いられている.芸術療法を考えるまえに,現代芸術の多様な表現をあげてみると,構成する抽象,躍動する抽象,集合の魔術,主張するオブジェ,つくられた自然,ポシプ人間,情念の人間,幻想と人間,拡大されるデザインなど,これらの芸術が大衆化され,コピー化され,記号化され,感覚への刺激,感情教育(感性教育)などを通して人間形成の一翼を担っている.また,芸術の価値とは美であるとも言われる.美は感動であり,発見であり,おどろきである.清潔な美しさに心を洗われ,尊厳な美しさに心が静まり神性化され,わび,さびの中に甘美な深い生きる心をみつけ,やさしい美しさの中に暖かい母の胸に触れ,心の中に安らぎを与え,眠っている健康な心を揺ぶる.このような芸術のもっている特性を治療に用いるにあたっては,少なくとも患者の言うことに心から耳を傾けられる人間でなければならないと言われる.それは,患者を尊重しことばの裏側にある心のことばを聞くことのできることであろう.言語化のできない患者にはいかに心のことばを表現させるかということから治療は,始まる.そこで芸術の真価を発揮させることができるであろう.
日本では,日本芸術療法学会が発足して15年に,九州芸術療法学会が生れて12年になり,上記の学会において国内外の研究の成果が多くの立場の人達によって報告されている.
芸術療法のもっている治療領域は広い範囲におよび,素材となる芸術も絵画,陶芸,文学,音楽,演劇.能,ダンスなど多くの活動が用いられている.また小児から老人まで広い層の患者を対象として多岐にわたって活動が行われている.
この芸術療法を集団に用いることによって,そこで起こるよい意味での競争心,ライバル意識などの相互刺激によって活動は活発になる.このような集団力動の働きによって患者の心の内を十分に表出,表現させることが容易になり,より一層の効果を期待することができる.
ここでは,日本の伝統的芸術の一つである木版画を用いた,大集団制作活動と絵画を用いた,中集団動作活動をその実施過程にそって考え方とともに紹介する.
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