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はじめに
従来の神経学の教科書では,末梢性まひと中枢性まひとを,一方は弛緩性まひであり,他方は痙性まひであるとしてかたづけ,それ以上の追求は行なわないのがふつうであった.中枢性まひが痙性まひであるという場合,まひ,すなわち‘意志による運動ができないか不十分であること’自体は,あたかも末梢性まひのそれと同じであって,単にそれに加えて痙性,および2,3の特有の症状(バビンスキー反射,対側性連合運動,手指の集団屈曲反射など)がある点が,末梢性まひと異なっているにすぎないとされていたといってもよい.神経学的症候論を,深い洞察をもって批判的に研究したWartenberg1)さえ,基本的にはやはりこのような立場に立っていたし,また最近中枢性まひの症候論を,詳しく総説的にまとめたRondot2),連合運動(共同運動を含む)につき総説したZulch & Muller3)らも,やはり根本的には伝統的な考え方の枠を出ていない.
しかし最近の知見,特にリハビリテーションの場で,中枢性まひの治療・回復をめざして種々の努力がはらわれる中で得られた知見は,このような見方が表面的であり,中枢性まひの本態の,より深い認識のためには,むしろ妨げとさえなりうるものであることを,明らかにしつつある.いわば中枢性まひの症候論は,現在ひとつの曲がり角にきており,根本的な考え方の変革を必要とするに至っているといってもよい.このような転換はまだ終了したものではなく,その過程は今もなお進行中である.ここではそのような転換のうち,いくつかの重要な点について,なるべく基礎的に,しかし一方ではできるかぎりリハビリテーションの現実の課題と結びつけながら,述べてみたい.
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