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I.はじめに
滲出性中耳カタルの同義語は十指に余り,表現される病変像には明らかな差異を認めないにもかかわらず,その成因を耳管機能不全により発来せる非炎症疾患として把握する概念,炎症を主体として発生するとみなす見解,あるいは両者の混在,さらには病変の経過,広がりにおける差異など,各々その立場においてはかなりの複雑さをもつて理解されてきた。
これらの問題点に関しては,さきに黒住43)がその総説と治療につき詳細な発表をなしており,また多くの臨床,統計,病理組織,生化学的追求の報告があり88),あらためて本疾患の成立機転について論ずるは不必要かと考える。
ただ,Suehs86),西端59)を初め諸家の論旨にも見られるごとく,なお多くの疑問点は残されている。
たとえば,個体によつて貯留液を認める場合と認めない場合があり,耳管の通過性があるにもかかわらずなお液貯留を見る症例の多い理由,貯留液中の蛋白量測定が何を意味するのか,アレルギーに起因すると思われる症例の貯留液中にはエオジン細胞を常時見い出し得るのか,貯留液が漿液性のものと非常に粘稠な場合の原因を同一視してよいものか,単なる病変の経過に伴つた液成分の変動にすぎぬものなのか,など多くの疑問に対する明確な解答は得られていない。
しかも,最近本疾患が急激な増加を示し,特に小児,学童に頻度大で,幼小児難聴の大部分をしめる傾向にある。
また,幼小児の場合はその貯留液が粘稠で治療にもかなりの困難を伴い,一部ではこれを"Gallerterguss"12)を伴つた中耳カタル,あるいは"glue ear"31)51)56)57)93)95)と称して特別な関心をはらう傾向にある。
またかかる症例が小児に急増せる理由としてTremble92)を初め多くの者が,1)不用意な抗生物質の乱用,2)口蓋扁桃,アデノイド除去,鼓膜切開などを行なう頻度の少なくなつたこと,3)本疾患に対する関心の高まつたこと,などをあげている。
われわれも数年来,かかる本疾患急増に関心を持ち,その耳管機能の測定,治療効果の追跡をするとともに,実験的に中耳腔内貯留液産生を動物におこさせ,その組織学的,電顕的追求を行なつたので38),ここにそれら資料にもとづき本疾患に関する考察を試みてみる。
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