鏡下耳語
嗅覚のテスト
高木 貞敬
1
1群馬大学生理学
pp.50-51
発行日 1969年1月20日
Published Date 1969/1/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1492207245
- 有料閲覧
- 文献概要
最近われわれの所へ外科から一人の患者が廻されて来た。見たところ60歳位の老人で随分痩せている。訴えを聞くと匂がほとんどわからない上に味覚障害があり,‘甘いもの’が‘塩からく’感じられる,甘いという感覚がまつたく起こらないため,砂糖や‘まんじゆう’は塩からくて食べられない,コーヒーも砂糖など入れればからくて飲めない,という。では塩からいものはどうかというとそれはやはり塩からいといい,他の苦味と酸味には特に異常がないという。‘甘い’という感覚を失い,甘味がまつたく感じられないため何を食べてもまずい,したがつて食欲がまつたく起こらないので食が進まないという。食べなければ空腹を感じるでしようと尋ねると食べなくても腹は空かないという。これでは痩せるのは当然のことである。年を尋ねると47歳と答えたのには驚いた。最後に匂も甘味も感じないので生きる楽しみがなくなつたが,"なんとか甘味だけでも取り戻せないか"と訴えられた。
原因は交通事故であつた。バイクに乗つていて自動車にはねられ頭を打つたのだが,初め半年間は甘味もあり,見舞の‘まんじゆう’を美味しく食べたのに,半年後のある日,突然倒れて二,三日臥床したあと味覚に異常が生じたという。このように,交通事故による患者で嗅覚障害を訴える人は相当な数に上ると思われる。
Copyright © 1969, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.