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我国に於ける喉頭結核症の研究は明治32年頃に始まる。しかしその進歩は今次大戦終了までは殆んどなかつた。試みに吉井,岩田氏著の近世耳鼻咽喉科学(明治40年発行)と西端氏著の学生用耳鼻咽喉科学抜粋(昭23和年発行)とを開き,喉頭結核症の項を比較して見ると,両者の記述に殆んど差異のないことに気付くであろう。病因,病理,症状,診断,予後,治療の全項について差異がないのである。両著は当時の名著であり,著者は学識一世に高い方々であるから両著内容の一致は端的に本症研究に見るべき進歩がなかつたことを意味するのである。もつともこの間に本症の研究が停止していた訳ではない。宿題報告も数回行われているし,著書も発行せられたし,症例報告等も数限りなく発表せられている。これによつて喉頭結核症の観察は愈々精細となり,統計は益々広般に沍り,本症研究の基盤は着々として築かれた。喉頭結核学の基盤が。
凡そ「学」が成立するには,それに関するすべての智識が体系的に整理せられ,その総てが一の理念(学説)により矛盾なく説明せられなければならない。しかして学が成立する過程は,例えば臨床医学(喉頭結核学)について言えば,症例観察,統計観察,実験的研究の順序を経るのが普通である。症例報告は貴重な経験であるが特定の場合に限定され易く,統計報告は多数の傾向を示すが,サンプル個々を同一条件に選ぶことがむずかしい。実験的研究では任意に選んだ同一条件下の成績であるから最信頼できるものではあるが,余程細心の計画の下に行わねば実例に添わない結果となり易い。喉頭結核学についても同樣であつて,本学が学としての存在を主張し得るに到つたのは,実験的研究が完成してからこの方のことであり,夫は終戦後のことである。蓋し臨床観測では如何なる毒力の結核菌の,如何なる量が,何時,如何にして人喉頭を侵襲したかは全く分らない。唯分ることは如何なる変化が起つたかというだけである。因果関係が明確でない臨床成績は経験に止り学問にまで発達し難いのは当然である。但し,従前とても実験的に喉頭結核症を研究した人は東西を通じて甚だ少いが,それでも皆無ではない。然しその成績は既述の如く実験のための実験に終り,臨床的事実の解明には殆んど役立たなかつた。その故は次の理由による。
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