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緒論
咽頭神経症の概念は既に古い。1899年Heymann氏耳鼻咽喉科全書にO. Koner教授が咽頭に見られる神経性障碍を一括し,本症名の題下に長い論文を載せている。然し乍其の後此の概念は必しも独逸に於ては引き継がれていない。
即ち近年に至る迄永い歴史を持つDenker Albrecht氏教科書には此の症名は用いられず,同一内容は神経障碍の症名に依つて表現せられている。此の点却つて興味のあるのは英米であつて,Thomson氏乃至Lederer氏教科書は其の儘之を咽頭神経症として記載している。之に対し本邦の耳鼻咽喉科学教科書は必しも一定していない。或は神経障碍乃至神経性疾患として一括している方もあれば,依然として神経症の字句を使用している方もある。然らば此の事は何に依つて然るのであろうか。此の点に関し私の身近の猪瀬氏の意見を聞くに,抑神経症とは略シヤルコー氏のヒステリーに関する研究に初つたと見る可きで,患者の心理的規制に依って色々な精神的乃至肉体的症状を現わした場合に用う可きものであつて,器質的病変に依つて現われる症状に対しては区別せられる可きものであるという。此の立場に於て考えるならば咽頭に認められる総ての神経症状乃至障碍を咽頭神経症の症名下に一括する事は確に一の行き過ぎであろう。然らば私共は此の種の咽頭神経症なる症名は全く抹殺す可きであろうかというに之も亦現在の段階に於ては実際面からは猶当を得ないものがあると考えられる。何故なれば私共は実際に即しては果して之が器質的病変に基礎を置くものか,或は純粋の意味に於ける神経症に属するものか,其の判定に甚だ迷わしめられる症例に可なり屡々遭遇するが為である。夫で私は之迄患者の訴える症状に就いて其の起源に就て充分自分に納得の行かない症例は之を一応咽頭神経症の症名下に一括して,折に触れて其の原因の究明を心掛けて来た。所が此の樣にして見ると其処には色々複雑な要素が存在して,却々其の全貌を簡単に分析し得ない。結局此の問題は今後共引き続いて其の究明を続けなければならないのであるが,取り敢えず今日迄に私の合点し得た事項のみを記載する事とし度い。
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