特集 耳鼻咽喉科診療の進歩
重曹靜注による加速度病予防と耳石
長谷川 高敏
1
1大阪市立医科大学
pp.659-665
発行日 1954年12月15日
Published Date 1954/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1492201238
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緒言
今回耳鼻咽喉科臨時増刊号発行に際し,「耳石溶解学説」という課題で執筆するよう御依頼を受けたのであるが,お願いして前掲の題名にしていただいた。この増刊号の記事として書きやすいからであつた。然し御依頼の趣意に充分添うよう,初めの課題の意味に重点をおいて書くこととする。
昭和18年6月に行われた家兎の実験は実にこの学説の端緒をなした。5%の重炭酸ナトリウム溶液5ccを耳静脈に注射して迷路反射を検査すると耳石反射(直線運動反射)が認め難くなつていた。腰椎を握つて,動物をぶら下げ,急に下方に下げる際に現れる耳石反射一跳躍準備と名づけられる反射が起らない。これに反し,位置反射―頭位の如何に応じて現れる眼球の偏位(代償性眼球偏位)や躯幹の位置を種々に変えても頭部を正常位に保とうとする反射(向位反射)も,廻転運動反射である眼球震盪も正常に現れる。型の如く迷路の組織検査を行うと,その耳石は全く認め難くなつていた。これ等の所見がもとで,空気中の炭酸ガスによつて大理石の風化作用が起るように,もしや,重曹から発生する炭酸ガスが耳石を溶解するのではなかろうか,という考えが起つたのである。その結果,試験管内の基礎的実験が行われることとなつた。すなわち,蛙の迷路を掻爬し,耳石膜を取り出して試験管内の水中に入れ,攪拌すると,透明な水は乳濁し,その1滴を取つて検鏡すれば大小無数の斜方形をした耳石の結晶が認められる。ところが,この乳濁液にピペットで呼気を吹き込み,暫く炭酸ガスを働かせると,液は透明になり,耳石は消失してしまう。そして所謂耳石溶解学説が生れ出たのである。
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