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『脳神経外科』の読者の方々で,何人くらいの人が裁判を傍聴したことがあるでしょうか.裁判は傍聴したことがあっても,自分が裁判の当事者になった方はまずいないでしょう.小生,大学の教員ということもあって,交通事故の後遺障害の認定や医療事故に関する裁判などで時々意見を求められます.たいていの場合は意見書を裁判所に提出すれば済むのですが,時に,裁判所から書いた意見書について証言を求められます.意見書は,原告,被告,いずれの側からも依頼されます.時には,鑑定書という形で裁判所から直接依頼されます.その際,常に公正な意見を書こうと心がけています.ここでいう公正とは,診療録に記載された神経学的所見や画像所見,検査所見などの客観的な証拠に基づき,原告被告側いずれにも片寄らない中立な立場であるということなどです.ですから,証言のため裁判所に出廷した段階では,自分の書いた意見書は原告被告双方から納得できるものであろうと考えています.
しかし実際の裁判では,そのような淡い期待は吹っ飛びます.特に依頼された側と対立する側の弁護士からは,これまでの医師としての経歴を否定するかのような質問が矢継ぎ早に飛んできます.例えば,これまでの経歴や臨床の経験数をネチネチと質問されます.また,裁判になっているような事例の経験数を聞かれますが,ほとんどの場合稀な事例なので経験は少ないことが多いのです.そうすると,それなのになぜ意見書が書けるのかときます.また,診療録の最後の日付けはいつであったかなどといった,たいていは意見書の内容とは関係のない質問をされます.そして,このように経験と知識に乏しい医師が書いた意見書は信用できないという結論にもっていかれます,非常に不快な思いで裁判所を後にすることがしばしばです.意見書を書いただけでこのように扱われるのですから,裁判の被告になった場合は想像して余るものがあります.現在裁判の迅速化が叫ばれ,近い将来に法曹人口が増加することが決まっております.医療の現場でも情報公開が進み,患者側は医療の知識を容易に得ることができ,また,病院は医療事故を積極的に公開する方針をとっています.最近では治療の結果が悪いとすぐに医療ミスと考えられる傾向にあります.このような状況では医師は医療事故を起こした被告という立場に立たされることが多くなると予測されます.このような時代に,どうわれわれは対処すべきなのでしょうか.あらかじめ疾患についての治療方針を十分説明し,患者さん側の同意を得ておくこと,そして,手術の際にもリスクや後遺症,合併症の起きる可能性を十分説明し同意を得ておくことは当然でしょう.さらに,事故が起きてから患者さん側に誠実に対応することも大切です.でもどれにも増して重要なことは,事故自体を発生させないことです.医療が人間の行う行為である以上,事故がゼロになることはないでしょう.したがって,可能な限りゼロに近づける努力をする必要があります,そのためには日頃から事故防止の対策=リスク管理をしておかねばなりません.
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