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今世紀は前半が物理学の時代で後半が生命科学の時代だといわれ,それに続く21世紀は“脳の時代”だといわれている.米国においては1990年度をDecade of Brainと定め医学・医療面においては高齢化に伴い増加してくると思われる脳血管障害やアルツハイマー型痴呆等の脳高次機能障害の病因解明と新しい治療法の確立をめざし,国をあげて積極的な運動が展開されている.わが国においては世界で最も早い速度で高齢化が進んでおり,2010年には65歳以上の高齢者が人口の20%を越えるものと予想されている.そこで,1993年には脳神経科学領域の研究者が中心となり“脳の世紀”連絡会議が発足し,さらに1994年からは行政がこの会議に参加し脳の世紀推進会議として活動が開始されている.脳神経外科領域ではコンピューター工学の進歩に伴い3D-CT,MEG,MRA,PETあるいはfunctioning MRI等の新しい画像診断,機能診断法が開発改良され,また治療法においてもneuronavigator,gamma-knife,intra—vascular surgery,endovascular surgery等の新しい治療分野が確立されてきた.さらに近年,革命的な進歩をとげている分子生物学と遺伝子工学とに基づいた脳神経外科学Molecular Neurosurgeryにも大きな期待が寄せられている.Molecular Neurosur-geryとはこれまでの神経学と外科治療学の進歩に支えられてMacrosurgeryからMi-crosurgeryへと進んだ手術治療法が脳神経外科疾患の分子生物学的解析を行い,そしてコンピューター工学や遺伝子工学などの先端技術を駆使し,今後開発されるべきless invasiveかつmolecular targetingされた分子ならびに遺伝子外科治療法と位置づけられる.すなわち脳疾患の病因病態を分子レベルで解析し,治療は脳全体の生理機能を重視する脳を大切にする医療として考えられる.対象疾患としては難治性の脳腫瘍である悪性グリオーマや悪性リンパ腫から始まり,脳梗塞やモヤモヤ病等の脳血管障害,そしてneurofibromatosis,tuberous sclerosis,Von Hippel-Lindau病等の神経遺伝病,さらにパーキンソン氏病や癲癇,そして将来は記憶障害とか認知・思考・感情障害としての痴呆等の高次精神機能障害も含まれてくると思う.
さて脳の世紀推進会議では脳機能の解明に関する基礎的研究を「脳を知る」,その成果を疾病の予防,治療に応用する「脳を守る」そしてこれらを今後ますます人間も共存すると思われるコンピューター情報処理技術に応用する研究を「脳を創る」と位置づけ,各分野の研究者の連携が行われようとしている.脳神経外科領域でも神経科学を研究している基礎医学者と,広くかつ親密に交流を持つとともに,神経内科,精神科,整形外科,放射線科,救急部等の臨床関連教室とたえず交流を保ち,さらに一般社会にも広く目を向け,社会医学者とも連携し,社会が求める開かれた脳神経外科をめざすことが重要と考える.日本の脳神経外科医は年々増加しており,現在では専門医4135名,総会員数は6496名と大変充実してきたが,今後は現在行われている脳神経外科医療の上に脳神経外科学に関連する基礎医学,臨床医学そして社会医学と共同で進める脳神経総合医学を確立する必要があると思う.21世紀の医療として最も重要である救急救命医療や老人医療における脳神経外科医が果たすべき役割を各会員が考へ,その考えを学会としてまとめ指導実行していく.そして,脳の高次機能を高めたり,脳疾患や脳手術の後遺症としての脳神経機能障害を分子生物学より生物工学,機械工学まで含めた新しい技術を駆使し,失われた脳機能を回復させる脳神経機能回復医学を脳神経外科関連分野として発展させることも必要であると思う.
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