Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
Ⅰ.はじめに
神経膠腫は,脳組織の中に浸潤性に成長するため,後遺症を残さずに手術で完全に切除することは困難である.一般的にMRI画像において,病変周辺のT2強調画像で高信号を示す領域は脳浮腫と考えられているが,神経膠腫の場合はこの部分には腫瘍細胞が必ず侵入しているとされており,しかも,さらに外側の画像検査上は正常に写る部分にも,腫瘍細胞が存在すると考えられている.
神経膠腫患者の予後を規定する因子として手術による切除率が注目されており,術中MRIの導入や5-アミノレブリン酸を用いた腫瘍組織の化学標識などにより高い切除率での手術が可能になってきたが,いかなる方法を用いても大半の神経膠腫は外科手術によって根治できないと考えられ,補助療法の併用は不可欠と考えるのが妥当である.しかしその一方で,血液脳関門のために腫瘍への効果的な移行が期待できる薬剤の種類が少ないという問題もあり,治療効果の高い補助療法がなく,神経膠腫は脳神経外科領域においては長年にわたって治療困難な疾患であった.
その中で1つの進歩といえるのが,近年のテモゾロミドの臨床導入である.DNAメチル化剤であるテモゾロミドは,膠芽腫に対する治療効果がさまざまな形で欧米から報告されているが,従来の化学療法剤と比較すると骨髄抑制が弱く,外来診療により治療を維持することも可能で,わが国でも神経膠腫治療の中心的役割をもつ薬剤になっている29).しかしながら,テモゾロミドによる化学療法は患者のquality of lifeを維持しながら延命効果を示すものの,現時点では,決して悪性神経膠腫の根治を約束するものではなく,腫瘍のもつ薬剤抵抗性は依然として大きな問題である.今後この問題を克服するためには,化学療法剤の分子薬理学と神経膠腫細胞の生物学的特徴に関する知見の蓄積が重要である11).
一方,放射線治療は古くから神経膠腫に対する有用な補助療法として認識されてきたが,これのみで神経膠腫の進行を完全に阻止できるものではなく,しかも晩期的副作用としての高次脳機能障害という大きな問題があるため,一般的に行われている分割照射による治療を腫瘍の進行に応じて繰り返し行うことができない.したがって通常1回しか行われない放射線治療について,その施行時期をいつにすべきかは大きな問題であるが,未だ諸家の意見が神経膠腫全般にわたる一致には至っていないと思われる.
このように,極言するなら,治療法の進歩にもかかわらず,悪性神経膠腫は決して高い治療効果が約束された腫瘍ではなく,各種治療法のさらなる発展が必要である事態は従来と比べて大きな変化がないといえる.現時点では神経膠腫に対して単独で根治を誘導できるような治療法はなく,神経膠腫の治療にあたっては各種の治療法をいかに組み合わせて有効性を高めるかを考えなければならない.
最近の試みとしては,有効な治療反応性マーカーを用いて補助療法の進め方を検討する動きがあり,その際のマーカーは腫瘍の遺伝学的解析から得られるものを用いるのが主流になりつつある.また腫瘍生物学の研究から得られた知見を応用した,いわゆる分子標的治療も神経膠腫の治療に導入されつつあり,その効果を予測する上でも分子生物学的な検討が必要であることが既に報告されている.
本稿では神経膠腫に関する遺伝学的解析の発展とその臨床的意義を解説するとともに,神経膠腫の分子生物学的な特徴と分子標的治療との関連性についても解説し,神経膠腫の治療成績向上のための考察を提示する.
Copyright © 2011, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.