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本書にも引用されている偉大な心理学者,ウィリアム・ジェームズは,その人がもともと楽観的な心“cheerful soul”を持っているか悲観的な心“sick soul”を持っているかといった研究者間の気質の相違によって,そうした個人的資質とは本来は無関係なはずの科学的学問の質も違ってくるのだといったことを書いている.『脳科学のコスモロジー』は,自らの手で何百,何千のプレパラートを切り出し,染色したであろう第一線の研究者にしか書き得ないと思われる重厚な手触りのグリア論をその前半の内容としている.そして後半では圧倒的な情報量とともに,脳科学が今や哲学の領域に侵攻し,科学的に蓄積可能な解答をその領域でも提出しつつある様子を克明にレポートしている.フッサール,フロイト,メルロ・ポンティ…哲学と科学は決して対立するものではなく,脳科学の進歩において統合され,私達はきっと前人未到の未来へと進んでいくという楽観が全編ににおい立つ.本書には科学を志す者,そして科学において粘り強い営みを続けて新たな領域を切り開く者にとって極めて重要な資質の一つである“cheerful soul”が躍動している.
前半ではグリア論の展開におけるドラマチックな歴史が,その歴史の形成に実際に立ち会った当事者の立場から極めて生き生きとした臨場感を持って活写されている.神経細胞発生学の父,偉大な解剖学者,ウィルヘルム・ヒスは,神経組織の発生は初めからグリアおよびニューロンのいずれに分化するかが前もって決定されている二種類の異なった母細胞から成り立っているという二元論を展開したという.しかし,ヒス自身はさすがに慧眼であり,自説の矛盾を指摘する反論にも耳を傾け,自説を修正しようと試みる懐の深さを死の直前まで示していたが,ヒス亡き後,機械的に早い時期のヒスの説をそのまま金科玉条としてしまった後世のエピゴーネン達は,単一の母細胞からグリアの原基もニューロンの原基も生ずるというグリアの一元的マトリックス起源説を長期間にわたり圧殺してしまう.
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