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知・情・意というとまず思い浮かぶのは,夏目漱石の「草枕」という方が多いと思う。あの「山路(やまみち)を登りながら,こう考えた。智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。兎角(とかく)に人の世は住みにくい」という一説はリズム感があり,内容はわかりやすく,しかも非人情や即天去私とに関連する深い哲学的思考が背景に感じられ,漱石ファンの中でも特に人気が高い。カナダの天才ピアニスト,グレン・グールドも死の直前まで「草枕」の英訳文を枕元に置いていたほど愛読していたという。ラジオ放送での,グールド自身の朗読テープも残っている。この概念は漱石がロンドン留学の時に読んだアレキサンダー・ベインの本に書かれていたものである,という説もある。ベインは哲学者である。いずれにしても人の心に生まれる知・情・意機能は,漱石の時代にはもちろんのこと,つい最近まで文科系学問領域で語られるファンクションであった。
ところが本号の特集は「知・情・意の神経学」である。脳機能を扱う本邦最高峰雑誌である本誌でこの特集が組まれたことは,実に感慨深い。英語特集タイトルは“Neurology on Intellect, Emotion, and Volition”としたが,本号の執筆者もintellectをintelligenceとしたり,volitionをintentionとしたり,さまざまである。この部分はあえて統一せず,著者の用いた用語をそのまま使用することにした。執筆者の語感をまず尊重したかったからである。ちなみに,ベインの本には,intellect,emotion,volitionという用語が一番多く使われていることも付記しておく。
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