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年末が近づき落ち着かない日々であるが,それに輪をかけるが如く,混迷を深める国会,守屋前防衛事務次官の逮捕などなど,相変わらず騒々しい世の中である。本当にこれからの日本は大丈夫なのかと不安になってくる。
科学の分野で今週最も話題になっているのが,ヒト線維芽細胞からのiPS細胞(inducible pluripotent stem cell)樹立のニュースである。昨年,京都大学再生医科学研究所山中伸弥教授がマウス線維芽細胞に4つの遺伝子(Oct3/4,Sox2,c-Myc,Klf4)を導入することにより,胚性幹細胞(ES細胞)に極めて類似した細胞を樹立し,世界中の研究者を驚愕させた。それ以降人々の関心事は,いつ誰が他に先んじてヒト由来のiPSの樹立に成功するかであった。山中教授は再びこの世界的な激烈な競争を勝ち抜き,見事iPS細胞の樹立に成功された。この成果はいくつかの点で極めて重要な発見である。第1は成熟しきった細胞を未分化な細胞に脱分化(リプログラミング)させるメカニズムの解明に糸口を与えた点である。さらに,再生医療で注目を集めるES細胞がヒト生命の萌芽を滅失させて得られるという倫理的な問題と,ES細胞を実際使用した場合に予想されていた免疫学的拒絶の問題を解決できた点にある。今後は4つの遺伝子導入による脱分化のメカニズムの解明と,生体内でのがん化の問題を中心に当面研究が進められていくことになろう。この発見は学問的および医療応用の観点から,極めて価値のある研究成果であることは疑う余地もない。一方で,iPS細胞から生殖細胞をも作り出せる可能性があることを考えると,人間という生命の起源本質は何かということを,ゆっくり考えてみる必要に迫られる。
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