Japanese
English
診察術の歴史
古代エジプト―紀元前約1500年
The Evolution of Physical Diagnosis-Ancient Egypt, Cirea 1500 B.C.
James K. Gude
1,2
,
吉原 幸治郎
1
1佐賀医科大学総合診療部
2University of California-San Francisco, Medicine & Community Medicine.
pp.75
発行日 1992年1月15日
Published Date 1992/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1414900328
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診察術に関する最も古い記載は紀元前1500年頃のEdwin Smithパピルス1)やEbersパピルス2)である.古代エジプト医学は紀元前2900年頃のImhotepに始まる(図1).彼はMemphis近傍にあるSakkarahのStep-Pyramidの設計者であり,William Osler卿は彼を「古代の霧の中から最初に現れた医師」と呼んだ3).Edwin Smithパピルスには48症例の表題,検査,診断,予後および治療が記載され,そのうちの14例は不治の病ゆえに治療は好ましくないと判断されている.これは古代エジプト医学の倫理観を示しており興味深い.一方,Ebersパピルスには47症例の診断が記載されていて,その中にある877の処方は魔術的思考を強く反映している.
当時の診察術の主な手段は患者の詳細な視診であった.Edwin Smithパピルスの第7番目の症例は以下のように,破傷風に関する最初の記載である.「頭皮の縫合された傷のため発熱した男性で,顔は汗でじっとりと冷たく,首は張り,頭の傷からは羊の尿のような臭気を発し,口は固く閉ざされ,両側の眉毛は引きつれ,表情は,泣き顔のように見えた.」また,第8番目の症例は頭部外傷のためcontra-coup injuryを負った患者であり,「頭蓋骨を骨折した男性で,傷は膨隆し,目は偏位し,受傷した方の足を引きずっていた」と記録している.当時は脳が対側の四肢の運動を支配することは知られていなかった.
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