- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
電気的除細動と腰痛
近年,「腰痛」のとらえ方が変わりつつある.従来の,解剖学的損傷を探しそれを矯正するという生物医学的腰痛モデルに代わって,「生物,心理,そして社会的モデルに基づいて腰痛を理解・評価し,それに応じて治療を行うという,大きな概念の変革」がみられるようになってきた1).慢性腰痛の治療におけるnarrative based medicine(NBM)への関心もこのような流れのなかで生じてきたと思われる.話の始まりとして,直流除細動器の開発などで心臓病治療の最前線を切り開いてきたラウンのエピソードを取り上げてみたい2).
ラウンはピーター・ベント・ブリガム病院のB病棟を,博士号取得後の臨床フェローのジムと一緒に回診していた.40代後半のH夫人は僧帽弁の手術後に心房細動をきたし,電気的除細動をかけることになっていた.しかし彼女は心拍のことには無関心で,それよりも腰痛でもだえ苦しんでいた.「顔をしかめてうめきながら,身体の向きをあちこち変えてはみるが,楽な姿勢をとることができなかった」.処方された薬も副作用でかえって苦しみを増す結果となっていた.そんな状態だったのでH夫人はこう言った.「腰痛に効くんでなきゃ,その何とかという,まゆつば治療(電気的除細動のこと)なんかごめんですね.はっきり言ってください.電気的治療は腰痛に効くんですか」これに対してラウンはためらいなく答えた.「もちろん効きますとも!」すると,そばにいたジムが「ばかばかしい.電気的除細動がどうして坐骨神経痛に効くんですか」と大声で言った.ラウンは決まり悪いやら当惑するやらで真っ赤になったが,H夫人にこの人は誰ですかと尋ねられて,修行不足の新人だと答えた.病室を出ると,ラウンはジムの言葉にはらわたが煮えくり返るほどだったという.
Copyright © 2005, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.