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I.はじめに
天然痘,ポリオなどのウイルス感染症は有史以来人類を悩ませてきた。18世紀も末の1798年にJennerが種痘を開発し,その後天然痘が根絶される(1979年)まで約200年を要した。この天然痘も,ヒトからヒトへしか感染しない,すなわち媒介動物(vector)がないことが疫学的に証明されてから,きわめて素朴に患者と他の健康者との接触を断つという方法で,1960年代後半に西アフリカから東方へ次々と根絶区域を拡げ,1976年には東南アジアから消滅し,1977年秋のソマリアの患者を最後として有史4,000年の悲劇の幕を閉じたのである(1979年10月26日にWHOは根絶宣言を発表した)。人類の英知は科学技術を限りなく進歩させたが,ウイルス病の中で根絶しえたのは今もって天然痘唯一つである。戦後の経済復興に伴う環境改善(上下水道の完全分離,水たまり,どぶ等の消失など)はウイルス,細菌などの感染を大幅に減らしえたし,また媒介動物(蚊など)の大量生息を不可能にし,感染症の伝播を極端に抑えることになった。ワクチンや抗生物質の進歩は欧米日の科学技術と経済力のある国々の感染症を減らすのに大きく貢献はしたが,亜熱帯〜熱帯地方の国々ではそれらの恩恵を十分に受けられる情況とはなっていない。日本を一歩出るとすべての感染症が存在しており,われわれは海外では常にそれらに曝露される危険にさらされているわけである。厚生行政関係者,あるいは多くの識者の「感染症の時代は終った」という見解は,わが国内(見事に隔離された島国として)ではたまたま見られなくなった,あるいは極端に減少した疾患がいくつかあるだけのことであり,本来の世界の感染症の実情を全く無視したものである。1960年代後半からのいくつかのウイルス性出血熱の登場(昨年のラッサ熱の日本での輸入例もある),そして降って湧いたようなエイズ(AIDS:AcquiredImmunodeficiency Syndrome後天性免疫不全症候群)に対し,今までの医学領域の全力を投入しても何一つ解決しえないのが"感染症"に対するわれわれの真の実力である。研究領域の細分化と先鋭化が何かを解決するだろうという甘い発想に対する,レトロウイルスのきわめて厳しい問いかけではなかろうか?エイズは全微生物の急性および持続感染の,ウイルス学,免疫学,分子生物学などあらゆる医学分野への総合的挑戦である。
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