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文部省在外研究員の期限に合わせて,今回の留学も終わりになります。今回の留学は私にとって2回目にあたりますが,前回の留学時は英語も話せず何も知らないような無知な状態で,分子生物学研究の第一線のPhDのボスの厳格な指導をうけました。前回留学時に私が参加したプロジェクトは網膜組織や脳などの神経組織から新しい細胞接着因子(簡単に言うと細胞間の糊や名札みたいな働きをする分子)を見つけて,その遺伝子構造や機能を決定する,というものでした(興味のある方はPro Natl Acad Sci 87:5354,1990;Cell Regul 2:261,1991;EMBO J 12:2249,1993;Cell Adhesion Commun,2:15,1994;J Cell Sci,107:1697,1994などをご覧ください)。教える方も大変だったと思いますが,教わる方も知識・経験がなくて何をしたらよいのかわからず,精神的にも大変でした。ただ今になって振り返ると,この留学が私の(臨床・基礎を含めて)研究生活での分岐点だったような気がします。私の名前のついた初めての英文論文は上記のPNAS (1990年)の共著論文です。また基礎研究だけじゃなくて,留学中に口本での臨床研究をアメリカでの知人に英語を直してもらって投稿し,初めて採択されたときの喜びは忘れられません(ちなみにその論文は隅角癒着解離術に関する,永田誠先生に御指導いただいた臨床研究でした:Graefes Arch Clin ExpOphthalmo 1229:393,1991;230:309,1992)。基礎研究の世界を知ったのも,英文誌の査読者と議論する楽しさを覚えたのも,分子生物学に対する興味を持ったのも,英語を真剣に勉強する必要を痛感したのも前回の留学がきっかけでした。
全てに大変だった前回と比較すると,2回目の留学はいろんな意味で余裕があり楽でした。また同じ研究室の諸先生も非常に親切で,10か月間の短い期間ではありましたが楽しく充実した毎「1でした。留学することの目的は単一ではありません。「よい仕事をしたい」という以外にも,①欧米文化に触れる,②研究者としての見聞と経験を広める,③L」本での研究を新しい角度から見直す,④窮屈な人間関係や雑用から解放されてのんびりする,⑤新しい友人・同僚を作って人間関係の幅を広げる,⑦最新の情報に触れる,などがあります(一部は重複しますが)。留学することの最大の問題点は(一部の例外を除いて)臨床経験から離れることだと思います。しかし,その問題点を補うだけの魅力が留学にはあります。私にとって今回の留学の最大の収穫は新しい友人がたくさんできたことと,それによって考え方に幅が広がったことじゃないか,と思います。私自身は臨床を大切にしたい,という気持ちが強いのですが,たとえ臨床経験が中断されるとしても,臨床家としての自分のあり方を一度ゆっくり見直すという意味があります。ただ楽しい時もやがては終わります。多くの日本人留学生にとって,留学は長い眼科医としての一生の中での2,3年の短い期間にすぎません。それをどのように後の自分の生き方に役立てるのか,それが一番大事な留学の宿題だと考えます。
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