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今年になってから急速に円安が進み株価も上昇してきました.政権交代による将来への期待だけでこれほどの変動があるということは,社会の雰囲気や気分と経済の実態とのギャップの大きさを如実に示しています.実質経済の回復のためには国内消費の上昇が必須ですが,長引くデフレと賃金抑制で節約志向に陥ってしまった国民がこの状況下ですぐに財布の紐を緩めるとは考えられません.また近年,贅沢や余分な消費を戒める風潮もあらわれてきています.最近興味深かったニュースの一つに,米国都会人の中ではsmall houseでの生活が注目されているというのがありました.15 m2内外のスペースに必要最小限の生活必需品を携帯して生活するというもので,これまでの広くて立派な家に住むというアメリカンドリームの対極にある,シンプルライフです.今このようなライフスタイルが,これまで大量消費を是としてきた米国で,かつ経済的にゆとりがある人々の間で,なお少数とはいえ普及しているということは,何か東洋的あるいは禅の思想への共感と関連しているのでしょうか.
平安末期から鎌倉にかけて生き,「方丈記」の著者として後世に知られた鴨 長明(かものちょうめい,または,ながあきら)という人物がいます.賀茂御祖神社(通称下鴨神社)の禰宜(神官の長)の子として生まれ,若くして和歌に長じて琵琶・琴の名奏者としても頭角をあらわし,歌会などで後白河法皇とも同席するような華やかな生活を送っていました.しかし壮年期以降,親族との確執に敗れて禰宜の職を継げなかったことから失意のうちに出家し,妻子と別れ屋敷財産をすべて捨てて山科の山麓に隠棲して方丈(3 m四方)の庵を営み余生を過ごしています.以後も時折は都の貴族や,時には鎌倉へ行って歌会で頼朝にも会っていたという記録もあるようですが,まさにシンプルライフの極みを楽しんだ人物として,著書や和歌とともに,時代を超えてわが国のみならず海外でも知られています.所詮「起きて半畳,寝て一畳,天下取っても二合半」(伝織田信長)と悟ってシンプルに生きることに憧れつつ,しかし現実にはなかなかそうはできないのがわれわれ凡人です.
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