- 有料閲覧
- 文献概要
午前7時からのNHKニュースワイドにしばしば出てくる風景の中にNHKから望めた新宿駅西口の超高層ビルがある。筆者はひときわ目立つそのビルを見る度毎に一瞬感慨無量となる。終戦直後の昭和24-5年頃といえば未だ食糧事情も厳しく,一枚の外食券でコッペパン1つを手に入れ,砂糖をつけてやつと飢えをしのいでいた時代である。その当時学生であつた筆者は,公衆衛生学の実習のため新宿駅西口にあつた淀橋浄水場を一,二度見学したことがある。そこで学んだことは何一つ憶えていないが,未だ筆者の耳を離れないのは,みすぼらしい格好をし,腹をすかして広い浄水場を歩いていた時,友人から「そのうちここに高いビルが沢山建つんだつてよ」という話を聞いたことである。当時のように貧しい時代に,そのような大きな構想を立てることなどはとても思いつかなかつた庶民の一人として,筆者はただ「へー」と感嘆しただけであった。それからしばらくの間,何の音沙汰もなく時が過ぎたが,10数年後から実際に建築が始まり,20年後の昭和44年には京王プラザが完成し,さらに10年後の昭和54年には新宿センタービルが出来,現在のような地上200mにも達する見事なビル街ができ上つた。筆者がこの超高層ビルを見る度に一瞬感慨無量となるのは,素晴しい長期計画性とそれを実現した実行力の偉大さのためである。「ローマは一日にしてならず」という諺を目前に直視する思いである。
本誌が初めて刊行されたのも終戦後間もない,筆者が淀橋浄水場を見学した頃であるが,本誌に投稿される論文を読みながら,筆者は本誌の伝統の重さというものをひしひしと痛感している。当時神経学に関する邦文雑誌としては精神神経学会雑誌ぐらいで他になかつたが,本誌には当時から,現在の神経学会や脳神経外科学会の学会機関誌に相当する幅広い内容の論文が掲載されている。そしてこのことは,神経学に関する雑誌が数多く出版されている現在においてもなお守られており,今月号にもみられるように基礎的研究から臨床的研究にいたるまでの多彩な論文が投稿されている。これは一重に初期に築かれた伝統の賜物によるものであると言えるであろう。
Copyright © 1982, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.