連載 随想・1【新連載】
脳外科の昔話(1)
中田 瑞穂
pp.723-727
発行日 1962年8月1日
Published Date 1962/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1406201304
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I.はじめに
なんでもよい。脳外科の古いことでもよいから,少しずつ気楽な読みものとして,「脳と神経」にうめくさ的に連載するようなものを書けということであつた。それでなにか書きましようと請合つておいた。そして,すれこれ古いことから書き綴つてみることにした。しかし,なにを書いても書かずもがなのことばかりである。余白を充すというので,紙の損になるという点は心配しないでよいのかもしれないが,書いてあと味の悪い思いをするのは自分だけである。この後悔は年をとつてみるとだんだん強くなるようである。
若い時から,後年になつて読みかえしても,また後人にいつまで読まれても,少しの難のうちどころのない立派な著述をし得る人も世の中には少くない。しかし,書や画では,人によつて,その若い時代の作品に不滿を感じ,よくもこういうものを公表したものだと,慚愧に堪えない気持のすることがあるらしい。らしいではない,私自身,書家でも画家でもないけれども,若い時代に書いた短冊や色紙を見て,いやで恥しくてたまらないことはしばしばである。私の親しく教わつた先生も"いやほんとうに破り棄てるか,焼いてしまうかしたくなりますなあ。人の所有になつた限り,そんなこともできないので,時によつては新らしいものととりかえに昔のものを手もとにひきとつたこともありますが,とても全部そういうわけにはゆかんですからねえ"と笑い話をされたことがある。
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