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現代生理学の最も華々しい仕事に,Hodgkin等を中心とする形質膜の研究がある。彼等の使用したmicroelectrodeの方法は広く生理学的なすべての分野に応用されている。しかし彼等の仕事に関しては,その多くの著作を読了する事なくしては到底知り得ない深遠なものであつて,同じ生理学の中にいても專門が違うと仲々それを理解するのが困難である。神経系の生理学の研究には,併しこの智識は実に重要な意義をもつのであり,私も再度,Hodgkinを読み出したが根気がつゞかずに止めていた。この様な時に,佐藤さんがHodgkin, Eoclas等の仕事を紹介しながら,神経線維の基礎的な生理学の綜説を中心に著作された事は,少くとも私にとつては非常にうれしかつた。佐藤さんはこのような著作よりもむしろ,自ら手を下して実験し,思案して研究する地道な学者として,若い後輩の尊敬を一身に集めている方である。"まえがき"の部分に"研究生活の片手間に行われたので充分な気持と時間の余裕がなく,その上いつも無駄な事に時間と労力を費しているのではないかという疑にとらわれてしまつて……"と書かれてあるが,御自分の研究に直結したHodgkin等の仕事の紹介と,それがやはり発展の途上である限りにおいての著述として,佐藤さんの偽らぬ心理であろう。この様な心理的なジレンマの上での努力がこの著述を可能にした。その様なものこそ実は,我々現役の研究には望ましいのである。あらゆる仕事の領野に関していえ,る事だろうが苦労している研究者の仕事だけが,真実に近く又有益である。
内容は明快な表現でよく神経線維及筋線維の基礎生理学を説明し,殊に第二部,第九章「膜電流,膜伝導度と神経の興奮」の説明に私は一種の魅惑を感じる。一般には数理生物学とか,理論生物学というような,operationalisticな研究にあきたらぬ私にとつてはHodgkin等の着実な研究に今更の如くその偉大さと,この研究を生んだCaw bradge学派のすぐれた歴史的背景を思つた。本書は他の部分においてもよく困難な電気生理学的な現象を説明してあり学生及一般の医学研究者にも充分な理解が可能であると思われた。この様な領域での著書の少い現在としては非常に親切な著述であり,巻末の文献集もよく整理されてある。私はこの著述が,これを読む若い研究者に恐らくすばらしい研究意欲をそゝるものと期待したい。
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