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VII.心理学的研究
1.本報告の特徴は,特に精神分析学的研究方向が次第に強力になつて来たことである。今日では分裂病に関する大部分の心理学的研究は殆んど全く精神分析の技術にたよるか,或は——更にしばしば行われるのは——ごく簡単な病態心理学的観察を精神分析流に解釈するかである。精神分析の説明の多くはさし当り分裂病の個々の症状か,個々の亜型を対象としており,分裂病性疾患の全群に試みるものは殆んどない。精神分析学的研究方向は個々には多くの価値ある成果と刺戟とをもたらしたが,しかし今の所では既に知られている見解の説明が将来出来る学説の素材であるにすぎないことは明白である。本報告期の観察は基礎になつている学説も研究成果もまだ全く混沌とし,まちまちであることに特徴がある。「一般に承認された(das allgemein anerkant)」という言葉を分析学者にだけ使い,すべての精神医学者には用いないならば——我々はそういう一般に承認された総括的な精神分析学的に得られた分裂病学説とはおよそ縁遠い。最も一般に用いられる観察方法の一つは分裂病性体験において象徴が独立すること,就中名づけられたもの自身と名前を同一化することに注意を向ける。分裂病者における象徴の重要さは本質的には勿論本報告期よりずつと前——精神分析学的研究のごく初期に——既に発見されていた。たゞ象徴の意義を患者との日常の交りからより真剣にとりあげることだけが新しいものである。見解の変遷は文献よりもむしろ実地に反映されている。実地では今日多くの大学附属病院の精神科で若い助手達は,分裂病者の表出や態度の中に專ら象徴の意義を見出すように教えられているが,この問題は古典精神医学の様式で病態心理学的症状を形式的に記述することより一層重大に考えられている。象徴の他に精神分析学的考察では退行(Regression)が重要であつて,この概念もまたずつと前から分裂病学説にとり入れられていたが最近益々重要視されるに至つた。更に分裂病者がよく悩まされる自己の性に対する不確実さ(及び他人の性についても他遷Tranitivismusの様式で)及び同性愛や両性の概念をもつた分裂病者の両極性説明ambitendente Au—seinandersetzung等が研究された。口唇期への退行,即ち母及び母乳による乳児栄養,その困難さ及びその拒絶が分裂病体験の中で役割を演ずるようにみえる段階への退行に関する観念が益々よく用いられるに至つた。
しかし又全面的に精神分析学の立場をとる学者や或所までこれに共鳴している学者の間にも激しい対立があつて,或者は重要な病因的,疾病成形的意味を幼児期体験に帰し,他の者はむしろ非分析学派の見解,殊にAdolf Meyerの意見の方に片よって現実の葛藤の中に分裂病症状に作用を及ぼしている主要因を認めようとする。
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