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はじめに
「息」は自らの心と書くその文字通り,呼吸のパターンの変化は自らの情動を映し出すものである1)。香りを嗅ぐという行為も呼吸と密接な関係があり,良い香りを嗅げば呼吸は深くゆっくりとなり,不快な香りを嗅げば早く浅い呼吸となる。嗅覚は視覚や聴覚などの他の感覚と異なり,情動に関連した辺縁系に直接投射することのできる稀な感覚である。吸息に伴って強く感じるということは,吸息に伴って辺縁系が賦活することを意味する。また嗅覚は記憶とも深く関連しており,過去の経験と照らし合わせながらその香りに意味を与えていく。香りの認知とは,息を吸い,感じ,その香りに意味づけをするという一連の行為であり,情動のメカニズムに深く結びついた機能である。
ヒトにおいて視覚,聴覚の研究は盛んに行われてきたが,それに比べ嗅覚の研究は著しく少ない。それはヒトの情報収集が視覚,聴覚で十分に行うことができるからであろう。現実にわれわれは視覚,聴覚検査は行うが,嗅覚の検査は日常的には行わないことからも嗅覚に対しての意識の薄さが計れる。
動物において嗅覚は外敵の認知,逃避,異性の識別,食物の獲得など生物の生存に重要な役割を担い,また情動行動の中枢である。嗅覚に関する皮質は生物学的にはもっとも古い旧皮質(古皮質)であり,本能や生命の基礎を担う部位である。ヒトにおいて古皮質は大きな新皮質にすっぽりと覆われており,人間の脳機能の最高峰である理性,意思を司る部位に包まれる形をとっている。しかし,理性は情動とのバランスによって成り立ち,意思は強い情動によって起こるものであり,情動反応の低下は理性の制御や意思決定の低下をも引き起こすと推測する。
近年,パーキンソン病(PD)の初期症状として嗅覚の障害が多く報告されている。Ansari, Johnsonら2)が最初にPD患者においての嗅覚障害を報告したのは30年前である。PDにおいて情動と関係が密である嗅覚に初期症状が認められるのは運動障害が出現する以前である。故に嗅覚の検査は早期診断に有用であると考えられる。本稿ではこれまでの知見を踏まえながら,われわれの結果と照らし合わせてPDにおける嗅覚の認知・情動を考察する。
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