Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
はじめに
眼球運動は,私たちがものを見ることを可能にする脳の機能である。脳は,視覚をはじめとする感覚入力を受け,その入力に含まれる情報を分析し,現在の状況にふさわしい眼の動きを生成する。眼を動かすのは外眼筋とそれを支配する神経核の働きであるが,筋を制御する運動指令信号を生成するのは,大脳皮質,小脳,脳幹,大脳基底核,辺縁系など脳の多くの部位によって構成される神経回路である。これらさまざまな脳の部位の障害やそれを繋ぐネットワークの障害は眼球運動の異常として現れることになる。
1900年代初頭にDiefendorfとDodge5)が精神疾患を持つ患者の眼球運動に異常がみられることを示してから今日に至るまで,精神疾患の眼球運動異常について非常に多くの研究が行われてきた。現在では,計測した眼球運動から,その特徴を分析することによって,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders(DSM)に基づく診断をある程度予測することができるようになっている。現在のDSMによる診断は主観的な症候のみに基づいているため,眼球運動は,その弱点を補い,診断の妥当性を高める客観的補助診断指標の一つとして検討されている。
一方,現在の精神医学ではPrecision Medicineの導入が検討されている。アメリカ国立衛生研究所(National Institute of Mental Health:NIMH)はその実現に向けて,Research Domain Criteria(RDoC)プロジェクトを立ち上げ,従来の疾患概念に捉われない新たな臨床研究のフレームワークを提唱している7)。このフレームワークの骨子は,精神疾患を脳の障害あるいは脳の回路の障害と位置付け,患者の症状から生物学的検査所見までのすべての情報をディメンジョナルかつ詳細に評価することにある。InselとCuthbertは,RDoCに基づく研究の帰結として,従来の主観的な症候に基づくDSMの診断基準によるカテゴリカルな分類から,多様な観点から収集された情報を基にしたデータ駆動型の分類に変えることができ,より均一性の高い群を対象とした治療を実現できる可能性について言及している8)。眼球運動は,このような考え方に沿った研究においても,患者の状態を客観的に表す指標の一つとして考えられており,すでに上記の考え方に沿った研究例も出始めている4)。
本稿では,まず,眼球運動と脳の神経ネットワークとの関係を示し,眼球運動が脳のどのような機能の指標となるかについて述べる。次に,眼球運動を分析することが精神疾患の診断や評価に役立つ可能性があることを,既存の研究を踏まえて述べる。最後に,精神医学における診断・評価において,どのように眼球運動が用いられ得るかについて述べる。
Copyright © 2018, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.