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I.序説
Harlow(184814),186815))による症例“Ph. Gage”は,前頭葉損傷に基く精神症状の,恐らくは最も古い時期に属する記載として,しばしば引用される。このケースは,爆発事故で鉄の棒が左側の顎につきささり,前頭部を貫いて頭頂部に突出したものであるが,幸か不幸か彼はその後12年半にわたって生存し続けた。しかしその人柄は事故後すっかり変ってしまい,事故前には仕事上最も有能で習熟した指導者であったのが,すっかり礼容を失ってしまい,挙動はがさつで,人が自分に反対するのに我慢がならず,他人の忠告に耳を傾けることもなく,頑固でむら気で,将来の計画をたててもすぐに放棄してしまう,といった状態になってしまった。要するに彼は,知的能力とその表出においては子供でありながら,同時に動物的な情念を備えた屈強な男性でもあった。同僚や友人にとって彼は“もはや以前のGageではない”という他はなかった。
こうした描写のうらに我々は,すでに前頭葉性の人格障害や知性障害の大まかな輪郭を見てとることができるのであるが,その後,19世紀後半から20世紀前半にかけて,前頭葉性精神症状を描出するいくつかの契機的概念が提起されてゆき(表1),Jastrowitz21)のモリアMoria,oppenheim27)のふざけ症Witzelsucht,de Morsier31)の記銘健忘amnesie de fixation(及び無感情apathie,易刺激性irritabilite),Kleist22)の発動性欠如Antriebsmangel,Brickmer4)の総合能力の喪失loss of synthesis,Kretschmer24)の眼窩脳症状群Orbitalhirnsyndrome,などが骨格となって,次第にその全体像が明確になっていった。そしてAjuriaguerra et Hecaen2)(1960)は,前頭葉性精神症状を,①感情性格障害troubles de l'humeur et du caractere,②活動性障害troubles de l'activite,③知性障害troubles intellectuelsに区分して記載するに至り,その臨床的記述は一応の完成をみることになった。本邦における大橋(196141))の1感情-性格変化,②発動性欠乏,③記憶-知性障害という枠組も,ほぼ同様の視点に基くものである。
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