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I.序論
この展望は,平沢(1959),木村(1975)のあとをうけて,1974〜1982年の間の躁うつ病の臨床精神医学的研究の動向を綜説しようとするものである。この期間における研究の動向の特色をあげるとすると,まず第1に,はっきりとした方法論的立場をとる研究の目立つことがある。同じ躁うつ病の分類についての研究の中でも,DSM-IIIでは症状の記載・分析に関する方法に重点が置かれ,AngstやPerrisによる単極型うつ病と両極型躁うつ病の区分においては遺伝学的方法が中心となり,笠原・木村の分類では精神病理学的病前性格論が最も重要な位置を占めている。このように,あるテーマを扱う場合に,どのような方法を用いたかを明確にしている研究が多くなっている。第2の特色としては,遺伝,病前性格,病像,予後など様々な分野に関する諸研究が,以前よりも互いに深い影響を与え合い,相互の関連性が強まってきていることがある。主として遺伝学的に確認された単極型・両極型の区分は他のあらゆる分野に影響を与えており,DSM-III,笠原・木村の分類,Arietiの研究など様々な立場に立つ躁うつ病論で採用されている。また精神病理学的研究と精神分析的研究のズレも少なくなってきており,両者とも対人関係に注目する傾向がみられる。
このような方法論の明確化と各分野の研究の相互関係の深まりの結果,躁うつ病の疾患論は抽象的イメージの段階を脱し,徐々に具体的全体的姿をとり始めたといえる。そして古典的な躁うつ病観に対する批判が,各分野で現われてきた。つまり「躁うつ病は,1)分裂病の対極をなす単一の疾患であり,2)誘因なく自然に発症し,3)予後は良好である」という考えに対する批判である。第1の躁うつ病を単一の疾患とみる考えに対しては,様々の躁うつ病の系統的分類が試みられるなど,躁うつ病内部における異種性・差異に注目する研究が目立つようになった。また画期的ともいえるリチウム療法の導入に伴い,躁うつ病と分裂病の境界領域についての関心が高まっており,この分野の研究も多い。第2の誘因なく発症するという見方に対する批判としては,前展望期間中にも単極うつ病を対象としたTellenbach(1961)などの発病状況論があるが,本展望期間中においてもそれをさらに発展させ,両極型躁うつ病も対象としたKraus(1977)の研究などがある。第3の予後の問題については,長期のfbllow-upに基づく研究があり,従来の躁うつ病の予後論が楽観的すぎるのではないかという疑問を提出している。
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