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Ⅰ.この書物の著者Alfred Krausは1934年生まれ,今年46歳のドイツの精神病理学者である。ミュンヒェン,インスブルック,ハイデルベルクで医学を学んだのち,Hubertus Tellenbachに師事して人間学的精神病理学の道に進んだ。1975年,本書『躁うつ病者の対人行動と精神病』をHabitationsschriftとして教授資格を得,現在はハイデルベルク大学臨床精神病理学部門のleitenderOberarztを勤めている。筆者の1人(木村)がハイデルベルク大学に留学していたころ(1969〜70年)にはTellenbach氏をOberarztとする或る男子病棟の病棟医長(Stationsarzt)として活躍していて,この病棟には彼のほかLacan門下のLang, Janz門下でてんかんの人間学をやっていたWenzl,同じくJanz門下で"Aufwachepilepsie"という本を書いた心理学者のLeder,それに宮本忠雄氏や木村といったメンバーがいて,毎週1回Tellenbach氏を中心に開かれた新患紹介や廻診後のミーティングは非常に活気のある充実したものだった。当時からKraus氏は躁うつ病者の人間学的構造を「役割同一性」の観点から考えようとして,いろいろな書物を勉強しており,或る日「Echtheitという言葉を見つけた。これで躁うつ病者の人物像が表現できる」といってやや興奮気味に語っていたのが記憶に残っている。人間学的・現象学的精神病理をやる人にありがちなシャープでスマートな学者といった印象はあまりなく,どちらかというと地味で朴訥な臨床医といったタイプの人である。しかし,今では,Tellenbachが停年退官したあと,Marburg大学のBlankenburgに次ぐ人間学派・現象学派の代表者になってしまった。このごろはしきりに分裂病の方のことを考えているという。今後の活躍が大いに期待されるし,日本にもぜひ一度来てほしい人である。
Ⅱ.1977年に出版された本書7)は,大部の書物ではないが,非常に包括的な躁うつ病研究書である。一方では,内容が現象学的・実存主義的な立場を根底に,役割理論による肉付けが施され,ドイツ古典精神病理学はもとより,社会学,精神分析,さらには実証的精神医学に発する彩しい知見が参照されている。しかし更に注目に値するのはKrausの立論の包括性である。従来別個に論じられることの多かったうつ病と躁病の人間学的な共通性がさぐられ,病前性格,発病状況,精神病像に一貫して認められる躁うつ病特有の存在体制とはいかなるものであるかが追求される。著者はそれを「同一性体制」(Identitätsverfassung)と呼んでいる。
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