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Ⅰ.まえがき
精神分裂病の疾病概念を整理し,疾病理解を深めていく上で,予後研究は欠くことのできない手段である。本特集号のテーマである「精神分裂病の遺伝因と環境因」の追求においても,本来はかなりの役割を果たさなくてはならない使命をもっているのであろう。しかし,現在のレベルでの予後研究は,未だ精神分裂病の成因として,どの程度遺伝因が関与し,どの程度環境因が関与しているかについて,直接に明確化する研究手段としてまでは発展していない。予後研究は精神分裂病の経過と転帰を把握し,そこに生じる差異が何に帰結されるかを検討することを当座の目的としているからである。そこでは経過と転帰がどの程度それぞれの分裂病者のもっていた生物学的資質に基づくのか,あるいは患者のおかれている環境的諸条件の影響を受けるのかを考えようとする。ただその作業も間接的には,精神分裂病の成因としての遺伝因と環境因を推察する一方法となりうるかもしれない。すなわち,精神分裂病の経過を規定する因子のなかで,もともと患者にそなわった内的病的過程というものを,ここでいう遺伝因におきかえることが,また経過に影響を及ぼす患者の生活史上の問題,家族関係,患者のおかれている社会的立場,治療的働きかけのあり方などの諸要因を,ここでいう環境因におきかえることも可能ではないかと考えるし,また他にそのことに迫る確実な方法をもちあわせていない精神医学の現状からは,それが必要のようにも思われるからである。
たしかに理論的には,予後研究は精神分裂病の本態の解明にせまりうる数少ない臨床的研究方法の手段となりうる性質のものであっても,実際にはその目的に近づきえた研究が少ないことが痛感される。それは,厳密な対象選択と調査方法に基づいても追跡調査をすすめることが予想されるよりもはるかに困難なためである。長年,地道な予後研究をすすめてきたHuber12)は,本来の目的での予後研究を行なう条件として次のようなことを強調している。1)精神分裂病の疾病概念が明確化されていること,2)生活史,現病経過,治療の反応がしっかり記載された症例のみを対象とすること,3)全疾病経過が連続的なものとして把握されていること,4)対象とした症例数が内容分析をするにたるほど充分であること,5)研究はチーム・ワークとして長期間続けられること,そして同一地区あるいは同一病院の患者のみを対象とするのでなく,異なる地区でも研究を行ない比較してみること,6)患者との面接は,訪問して患者の居住している場所で行なわれること,である。これらのすべての条件をすべて満たした研究はきわめて少ないように思われるし,少なくともわが国では今後とも困難ではないかと考える。
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