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Ⅰ.序にかえて―民俗精神医学の位置と方法―
人間の科学としての精神医学の方法論のひとつとして,民俗学,とりわけ日本民俗学との学際領域をいかに開拓しうるかを考察するのが小論の課題である。文化と精神医学のあいだの関係は,つとにKraepelin, E. 50)が比較精神医学Vergleichende Psychiatrieの用語を与えて開拓に着手した領域であり,近年ではトランスカルチユラル精神医学Transcultural Psychiatryの研究が新興の分野として登場し,本邦でも,荻野ら80)および寺島115)による総説が生み出されるほどになっており,土居14),木村45)による日本人論と関連づけての精神医学的考察も登場した。これらの方法は,いずれも他国民(人種)問の文化,精神現象の比較考察を行なうものであり,それと対応する文化科学上の領域は,民族学および文化人類学であるといえる。これに対して,民俗学Volkskunde,folkloreの研究は,同一文化,人種の中で生起する事象の考察を特徴とするものであり,民間伝承,民具,民芸などを素材にして,民俗文化の歴史的由来を明らかにすることにより,自分たちの生きている社会の基層文化の性状を解明する学であるとされる。この種の学問の先鞭をつけたものにGrimm(独)24),Perrault(仏)の童話の蒐集があり,更にFrazer, J. 19)の『金枝篇』(“The Golden Bough”)の中にVoikskundeの西欧的特色を窺うことができる。しかし,日本においては,柳田国男および折口信夫によって確立された日本民俗学の伝統が精彩を放っている。
日本民俗学は,西欧文化に比較して,かなり古層に属する伝統的文化の生きている時代に,新しい学問的方法による分析が,しかも同一民族・同一文化に属する研究者によってなしうるという状況に恵まれて,特殊の開花をとげたものである。中でも柳田は,その生涯を通して,東北や南島の文化の中に原日本の姿を求め続けた。彼の初期の研究は,各地の民話の採取であり,ついで折口は古代神話や,古代宗教の研究,更に渋沢は民具を中心とした研究,宮本は民俗の生活習慣の研究など多くの分野に発展し,ことに柳田学は,日本人心性の探究にも大きな足跡を残すことになった。その点で柳田民俗学は,日本独特のものであるとともに,その学問的集積は世界の水準を抜くものであるとされ,政治学,社会心理学,文学研究など他の諸領域にも大きな影響を与えている。
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