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I.はじめに
細谷教授は5)「psychotropic drugsという語は元来クロールプロマジンやモノアミン酸酵素抑制薬,あるいはレセルピンなどに用いられ,……。ところが,……WHO,UNなどが統制を叫んでいるpsychotropic substanceの中にはクロールプロマジンもレセルピンもMAO-inhibitorも含まれておらず,……そうなると学問上で教えるpsychotropic drugsと,薬の統制上でいうpsychotropic substanceとは非常に違ったものになり,誠に困る」と述べている。ところで,私は「薬の統制上でいう」向精神薬の諸問題には多少の経験があるが,臨床精神医学や薬理学でいう向精神薬については,一般精神科臨床の経験以外に特に興味を抱いたことはなく,また「薬の統制上」という発想というよりは,流行性薬物乱用という観点から問題を把えてきた。言葉をかえれば,薬の統制に関心があるのではなくて,「ある種の薬物が,ある時代に,ある地域で,ある種の人々の間で乱用される」という現象に興味をひかれているわけである。そして,このような現象の対象薬物は,いうまでもなくpsychoactive drugsと呼ばれるものに限られている。例えば,ビタミン剤や消化剤を常用している人は少なくないが,この種の薬物の使用を継続したいという欲求は“いかなる手段によっても,それを得たい”と感じるほどcompulsiveではなく,また,使用量が継次的に増加するというものでもない。さらに,この種の薬物を常用しても,その害は本人に限られていて,社会にまで直接の害をおよぼすことはない。したがって,この場合には日常用語の意味での“習慣habituationがある”とはいいえても,それ以上に深刻な問題と考える必要は,少なくとも,一般的にはないと考えて良い。(ただし,異常心理学および社会心理学的には異なる課題としてとりあげうる)。しかし,psychoactive drugsの乱用は,しばしばその使用の継続がcompulsive,つまり抑えがたくなり,使用量は増加し,またそのような習慣がある個人で留まらずに他のものにまねられていく。そのため,この種の薬物の乱用は深刻な社会問題になることが多い。ちなみに,psychoactive drugsの研究は十八世紀に薬理学の分野で始められ,次いで犯罪学や社会学上の課題になり,臨床医学でこれがとりあげられるようになったのは十九世紀後半からということであるが,今日でも,この分野の研究のリーダーシップは薬理学者の手に握られているといってよい。しかし,最近はむしろ薬理学者たちが社会学的アプローチの必要なことを強調しており,また,WHOのDrug Dependence Unit2)も,今後の研究の方向として“人とその環境the human and environmental aspect”への関心を強調している。私は,機会あるごとに述べてきた通り4),覚せい剤の時代に医師となり,精神科医になるべく学び始めたことが大きく影響して薬物乱用に興味を抱いたものであるが,その焦点は社会学的アプローチというよりは世相的アプローチにしぼってきた。このような研究が精神治療薬psychotherapeuticsにのみ強い関心を示すわが国の大多数の精神科医にはたしてアッピールするのだろうか,という疑問を抱きつつ,本論に入ることにする。
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