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最近世界各国で精神医学の新しい教科書ないしHandbuch,Traiteが競つて出版される傾向があり,わが国もその例にもれない。それは一つには戦後精神医学の根本理念というか,アプローチのしかたというか,とにかく従来の精神病学からの脱皮が急速に要望され,また実現の渦巻きの中に巻きこまれているという事態のシンボリックな一つのあらわれではなかろうか。私も数年来学生への臨床講義のさいに,今後10年以内に精神医学の教科書はまつたく書き改められるときが必ずくるに違いないということをいつも力説している。実際また,一方においては精神医学の基礎科学である心理学にせよ,大脳生理学にせよ,他方においては各論ともいうべきNosologieの問題にせよ,あるいは日進月歩で新知見が拡大しつつあると同時に,あるいは再編成がこころみられるなど,そのめまぐるしさに追いついて行くだけでも容易でない情況である。その結果ふるい定説にしがみついている教科書の内容と先端を行く研究の内容とのへだたりは,ますます開く一方であり,このことがまた新しい精神医学の教科書の執筆をいよいよ困難ならしめているといつてよいだろう。
このときにあたつてH. Eyは2人の共同執筆者とともに1960年10月に標題の精神医学教科書を出版したのであるが,彼は私が前書きでのべた精神医学の新しい教科書を編さんすることの困難さを熟知しており,その短い序文の中でこれをつぎのように語つている。「医学生,開業医,かけだしの専門医ならびに職業の補助を対象としている精神医学の教科書を編さんすることは,およそ困難である。それはつぎにのべる二つの暗礁を避けねばならぬからだ。一つはあまりにも単純化された教育用の折ちゆう主義であり,他は独自な体系的概念をあまりにも大きく表面に出すことである。自分たちはこの二つの危険からできるだけ遠ざかろうと努力はしたものの,この書物が当然甘受すべき正しい批判から免れるのに成功することができなかつたことを知つている。この不完全さについてはあらかじめご寛恕を請うしだいである」と。
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