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はじめに
記憶,思考,言語,さらに感情や意欲まで大脳の働きが生み出しているものが,高次脳機能としてまとめられる。脳血管障害や頭部外傷などで大脳が損傷されると高次脳機能が障害される。高次脳機能障害という概念は,19世紀,主として独仏語圏で「大脳病理学」,20世紀後半になって「神経心理学」と呼ばれるようになった領域で研究されていた病態を指すものである。現在においてその対象範囲は,注意,記憶,言語,知覚,行為,遂行機能のすべての認知ドメインの障害,および情動や意欲などを含んでいる。脳損傷の原因としては,脳血管障害,脳腫瘍,脳外傷,脳炎,変性疾患,認知症性疾患,神経発達障害が含まれる。これが元来用いられてきた学術用語としての高次脳機能障害である。すなわち脳損傷に起因する認知および行動障害全般を指す。高次機能を担うのは大脳連合野・辺縁系で,間脳および中脳の一部も関与している。皮質のほとんどの部分が連合野・辺縁系であり,大脳の皮質下核も多くはこれらの大脳皮質と結合して高次機能に関与しているので,結局ヒトでは中枢神経系の大部分を占めていることになる。したがって,それだけ脳損傷で高次脳機能障害を来すことは多いわけである。
一方,近年一般的に認知されるようになってきたのは行政用語としての「高次脳機能障害」である。この用語は2003年の「高次脳機能障害支援モデル事業」中間報告書に始まる。その報告書は「高次脳機能障害ガイドライン」として公表されている2)。そこでは,「高次脳機能障害は,一般に,外傷性脳損傷,脳血管障害などにより脳に損傷を受け,その後遺症などとして生じた記憶障害,注意障害,社会的行動障害などの認知障害などを指すものであり,具体的には,会話がうまくかみ合わない,段取りをつけて物事を行うことができないなどの症状が挙げられる」とあり,狭い範囲に限定している。この場合は行政的支援のための位置づけであり,学術用語としての高次脳機能障害とは区別しておかねばならない。行政的「高次脳機能障害」には,学術的定義による高次脳機能障害の中で最も典型的である失語症や認知症は含まれない。誤解してはならないのは,失語症を伴っていても行政的「高次脳機能障害」という診断を排除するのではなく,失語症のみのものは含めないということであり,また結果的に高次脳機能障害が認知症の定義にあっていたとしても,それをもたらした原因がアルツハイマー病などの変性疾患あるいは多発性脳梗塞,すなわち進行性の老化関連疾患でなければ高次脳機能障害に含めてもいい。何ともすっきりしない,とても科学的とはいえない基準だが,それは行政的な意義を考えればすぐに理解できる。失語症は身体障害の中で,認知症は精神障害あるいは介護保険ですでに行政的支援が得られることになっているため,それらは敢えて行政的「高次脳機能障害」に含めなかったと解釈すればよいのである。ここで注目しているのは行政的「高次脳機能障害」であり,この後は単に高次脳機能障害と呼ぶ。
失語症は,まひに続いて,身体障害として以前から行政的な支援の対象であった。失語はまひと同様に顕著で捕捉することが簡単であることと,脳損傷の中でも最も多い脳卒中,特に中大脳動脈領域の梗塞あるいは被殻出血で,高頻度に生じるということが理由として考えられる。乱暴な言い方をすれば,高次機能障害は言語優位半球を冒す典型的な脳卒中以外による脳損傷,たとえば前大脳動脈・後大脳動脈領域の梗塞,くも膜下出血,外傷性脳損傷,脳炎,低酸素脳症などによって生じる失語以外の障害を指す。
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