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呼吸器病学のバイブルとでもいうべき教科書である「Murray & Nadel's Textbook of Respiratory Medicine」が5年ぶりに改訂になった.呼吸器疾患の診断や治療に主眼を置いた専門書はいくつかあるが,呼吸器病学を基本から学ぶことができ,初学者から専門医まで座右の書となる教科書は他に類を見ない.今回で6版を重ねており,この新しい改訂版はまだ手元にないが,大学の書棚には,前版である第5版があり,これとは別に自宅の書棚には少し色あせた1994年改訂の第2版が大切に収められている.私は,1992年3月から1995年5月までカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF),心臓血管研究所(CVRI),Jay A. Nadel教授の教室へ留学し,気道炎症や気道過分泌の病態解明に関する研究に従事する機会を得た.もう20年以上も前のことである.留学生活も大詰めなっていた頃にNadel教授はちょうどこの教科書の改訂のために多くの時間を費やされており,御蔭で私の研究成果についてのディスカッションや論文指導が後回しになった.したがって,第2版の改訂には少し迷惑したわけであったが,私が留学生活を終えて帰国する際に,Nadel教授が真新しい二巻組の第2版を餞別として持たせてくれた.総重量が約10kgあり,スーツケースに入れて持ち帰るのは断念して別便で日本へ送った.この第一巻の表紙を開くと,“To My Student, Colleague and Friend—Takeshi Kaneko, With Warm Regards, Jay A. Nadel 5/17/95”のサインが残されている.この教科書は私のとても大切な宝物となっている.バイタリティーに溢れ,常にポジティブ思考でリサーチマインドを持ち続ける偉大な師,Nadel教授の姿勢をこの教科書は思い出させてくれる.
Nadel教授は,臨床肺機能検査法の検査体系を完成させたJulius Comroe Jr教授の薫陶を受け,呼吸生理学を発展させた.さらに,時代の流れに乗り遅れずに,1980年代以降は細胞生物学や分子生物学の手法を用いて気道炎症の病態解明に努め,数々の新しい知見を見出してきた.特に慢性呼吸器疾患における気道過分泌の重要性に早くから注目し,その病態解明に半生を捧げ,この領域の研究において常に世界をリードしてきた.Nadel教授の研究室には世界各国から沢山の留学生が集まり薫陶を受けた.かのPeter Barnes教授も1980年代初めにはフェローとしてNadel教授の指導を受けている.今年の6月に開催予定の第65回日本アレルギー学会学術大会の会長を務められる東京女子医大の玉置淳教授は,Nadel教授が最も厚い信頼を寄せる門下生の一人であり,Nadel教授を学会に招聘されている.超高齢者となっているNadel教授にとっては最後の来日となるかも知れない.それまでには「Murray & Nadel’s Textbook of Respiratory Medicine」第6版を購入しておかなければならないと思っている.是非またNadel教授にサインをお願いしたい.
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