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液体として血管内を循環している血液が血管外でなぜ凝固するのかという謎は,長らく血液凝固学者を悩ませてきた。この謎を解く上で最も有用であったのは,さまざまの先天性出血性素因に関する検討である。この点に関しては,第二次大戦以後,急速な進歩が見られ,現在,「なぜ血液は凝固するのか」という謎はほとんど解けたように見える。血液は,凝固に必要なさまざまの蛋白(凝固因子)や血小板を含んでいて,凝固するように出来ていたのである。事実,血液を血管外にとり出して試験管に入れれば,必ず凝固がおこる。現在のところ,血液を入れても凝固を生じないような試験管を作るための材料は見つかっていない。このような物質を大量に得られれば,人工心臓,血管内留置カテーテル,体外循環,透析などの面で福音となるであろう。このような物質がなかなか得られないことから,血液についての第二の謎が出現する。それは,血管内では「血液はなぜ凝固しないのか」という疑問である。この点についても,近年,凝固系,血小板系,線溶系に関する知識に大きな進歩が見られ,謎の解決は間近いと思われる。
止血と血栓の二つの機序は,いわば楯の両面であって,区別し難いが,ヒトの止血機序にかなりの余裕があることから,薬剤を投与することによって,止血能を低下させることにより,必ずしも危険な出血を生ずることなしに血栓症を予防または治療し得る可能性が考えられることになる。もっとも,出血の危険と血栓症の予防または治療の効果については,ある程度は相対的なものであって,出血の危険をあまりに重大視して治療効果を低下させることは現実的ではなく,時には,外科手術にある程度の危険が伴うのと同様,ある程度の出血や危険を覚悟して強力な抗血栓薬や血栓溶解薬を投与することも必要と考えられる。
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