巻頭言
臨床生理学は可能か
真島 英信
1
1順天堂大学医学部生理学
pp.367
発行日 1971年5月15日
Published Date 1971/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1404202257
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先日,医学会シンポジウム?心力学の最近の諸問題"で多数の臨床家と討論をする機会に恵まれ,大変勉強になった。同じ心力学を対象としているけれども,臨床家の場合それに打込む動機は例外なく,心不全患者の心臓の収縮性を量的に表示し,それによってその患者の心臓の予備力を知り,指示ないしは予後の参考としたいということにあった。それに引きかえ,私のような生理学者が心力学に興味を持つのは,最近明らかにされた骨格筋におけるフィラメント滑走機序が,同じ横紋筋でありながら一見全く異なる特徴をもっている心筋では,一体どのように行なわれているのだろうか,というような甚だ基礎的には違いないが,かなり低次元の動機からであった。
それで長い討論の結果どうなったかというと,私どもの実験は極端に条件を単純化しているし,実験で確実な証拠のない事は何もいえないので,複雑な人体をそのまま観察している臨床家にとってはどうにも満足できないということであった。また私からみれば臨床家がああでもないこうでもないと一生懸命測定している量は,あまり信頼のおけるものとは思えなかった。しかし今後は,私ももっと臨床的な意味を念頭に置くようになるだろうし,臨床家の方も自分達の測定した量の生理的意味や限界を知って,それを正しく使いこなしていくのだろう。そういう意味で,具体的な結論こそ出なかったけれども,いろいろ勉強になり,意義深かったという充実感が残った。
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