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医学は自然科学の一員であると同時に,人間の要素としての社会学の一面をもち,さらに技術学としての特性も兼ねそなえている。従来の医学教育,とくにunder graduate courseのそれは,ともすれば第一の要素である自然科学としての一部の面のみを強調しすぎていた感がある。もちろんそれも必らずしも無駄ではないが,自然科学としては精度のよくない記述科学を中心にした講義があまりに長く続いた結果,卒業はしても診療の技倆は未熟で,しかも悪い場合には創造性や自発性も少なからず抑えられてしまう傾向がみられた。しかしunder graduateの時代に人間を相手に技術を習得することはきわめて困難である。大学病院では患者が医学教育に協力するのが建前であるといっても,それを心から喜ぶ人はまずあろうとは思い難い。ましてや社会学的な要素の基本となるpatient-doctor relationshipに至っては,容易なことでは会得できるものではなく,一種の職人教育に似た試行錯誤を経なければ一人前になれない。率直にいって,これらの事実が積み重なった結果が,医学部粉争にも大きく影響している。
さてそれでは現時点でいかなる解決策が考えられるかということであるが,patient-doctor relationshipのごとく当面旧来の方法以外適切なものがない部門は宿題として残しておいて,純技術的な問題に対して改革を進めるべきである。具体的な方法は極度に進んだ科学の領域でのそれを習うのが一つの良策と思われる。記憶に生々しい事件であるがアポロ13号の突発事故の際,地球の大気圏突入の直前に月着陸船と司令船を切り離す必要が生じた。このような行動を無重力状態でとることは,全く予測もされなかったため,地上では電子計算機でコントロールされたシミュレータを使って,慎重に手順を計算し,この指令にもとづいて宇宙飛行士たちが完璧な操船を行ない,無事に地球に帰還できたと伝えられている。これはアメリカの威信が賭けられていたことを割引いても,シミュレータの力だけはまざまざと示したでき事であった。より身近な例ではジェット旅客機のパイロット訓練用の地上シミュレータがある。いずれもかけ替えのない人命に対する責任から,自他ともに安全で,しかも実際にはなかなか遭遇しないような状態を思いのままに体験させる装置が考案されたものである。
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