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心肥大は負担の増加に対する適応過程であることはいうまでもない。それにもかかわらず,昔から肥大心には一種のparadoxicalな現象が観察されている。それは肥大心は正常心に比較してとかく心不全をおこしやすいということである。この理由はもちろんいろいろな面から解釈できることである。第一に肥大がおこらなければならないのは,それだけ心臓の負担が増大するだけの原因があってのことであるから,その原因が心臓の適応能力を上まわることは当然ありうることでもあろう。また一方からいえば,ある形の負担,例えば高血圧症の存在は同時に心肥大そのものとは直接関係なく冠硬化を促進し,そのために冠不全がおこるという可能性も考慮する必要はあろう。しかし肥大心の不全に関する病理学者の興味の中心はこのような問題ではなく,むしろ一体心肥大そのものの中に必然的に心機能を低下させる要因が含まれているかどうか,いいかえれば心肥大は事の本質上必然的に心不全を準備する意味をもつであろうかということである。
従来この問題は実際問題としては肥大心には必然的に冠不全が発生するかどうかという形におきかえられて研究が進められてきた。その古典的な例はEppinger1)の見解である。それは肥大心では心筋線維の太さが増加するため,毛細管から心筋線維の内部までの距離が大きくなり,酸素および心筋代謝産物の拡散が十分の速度で行なわれなくなる。その結果肥大心にはたとえ心筋層毛細管の血流は十分維持されていても,心筋は内部的な窒息状態に陥るというのである。Eppingerの考え方は本質的にはその後の研究者によって種々の形で支持はされている。ただその心筋の窒息状態の発生機序に関しては多少の見方の差はある。例えばDock2)やVivell3)が剖検例の心臓の灌流試験によって単位体積の心筋量あたりの灌流量は心肥大の進行とともに減少することを見ており,VivellやBuchnerは,この結果に基づいて肥大心の心筋層の血流減少が肥大心に冠不全をおこす主な原因であると考えている。この実験は方法的にいって冠硬化の影響を除きうるものではないから,その点に問題は残る。しかしこれらの研究はともかくも肥大心の不全は結局は冠不全であるという基本的な考え方の中での研究である。そしてこの見方は病理学者の間ではBuchner4)によって最も代表的な形で受けつがれている。これは彼の教科書にある次のような表現からも明らかである。
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