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はじめに
人口の高齢化と急性期疾患から慢性疾患という疾病構造の変化に伴い,わが国の医療費は増大を続け,1999年度の国民医療費はついに30兆円を超えることとなった.対国民所得でみるとわが国の医療費は8%台であり,アメリカやフランス,ドイツといった他の先進諸国に比べるとまだ低い水準にある.しかしながら,今後の更なる高齢化の進行と,現在の経済の低迷を考えると,医療保険制度を含めた健康政策の見直しは喫緊の課題である.
1999年度決算によると,健康保険組合,政府管掌健康保険,国民健康保険のいずれも単年度決算でそれぞれ2033億円,3163億円,1190億円の赤字であり,政府管掌健康保険については2002年度には積立金も枯渇するとの推計が出されている.このような状況下に,支払側は老人保健制度における拠出金の廃止を柱とした老人医療制度の抜本改革を要求するとともに,つきぬけ形の医療保険制度への再編成など,制度そのものの改革を要求している.一方,診療側の代表である日本医師会は若年者については現行の制度としたうえで,新たに公費と保険料による老人医療制度を創設することを要求している.
2003年2月現在でこうした論争にはまだ決着がついていないが,いずれにしても国際的にも高く評価されているわが国の医療制度を持続可能なものにするためにも,抜本的な改革を避けて通ることはできない.経済状態の悪化により保険料収入および税収は減少しており,将来的には少子化がこの傾向に重なることになる.一方,高齢化の進行は有病率を高め,さらに医療技術の高度化が支出の増大につながることとなる.結果として,医療保険財政の収支は赤字傾向が継続し,医療費適正化の圧力はさらに高まっていくと予想される.
池上が指摘しているように,1990年代以降における医療保険財政の行き詰まりの根本的な原因は経済不況にある1).その意味で2002年度に行われた診療報酬のマイナス改定は,現在の経済状況が持続する場合,状況によっては今後も行われる可能性がある.では,わが国の経済状況が回復すれば医療保険の財政も好転するのであろうか.残念ながら,欧米の経験が示すように,仮に今後経済状況が回復したとしても医療保険財政が劇的に好転することは期待できない.なぜならば,現在先進諸国における経済成長の源は労働集約的な産業から知識集約的な産業に移っており,「雇用の創出無き経済成長」となる可能性が高いからである.また,このような状況は社会の階層化にもつながりうるものであり,わが国の社会保障制度の原則となっている社会連帯のあり方そのものにも影響しうるものであろう.
本稿では,上記のような現状を踏まえたときに,どのような医療制度改革が可能性としてありうるのかについて私見を述べてみたい.
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